“呪い”が解けて約1カ月。快斗とは順調に良い関係を築けつつある。だがあの日の夜以来、キッドは1度もわたしの前に姿を現していなかった。
(これは避けられてるな……)
 彼の気持ちは分からなくもない。このままキッドとの仲を深めていっても、わたしたちの関係に結果を出すことはできないから。わたしも、わたしたちの関係をと黒羽快斗の関係として答えを出すこと自体には不満はない。ただ、このままではいけないだろう、という思いがわたしの中にはあった。とキッドとの関係にもケリをつけるべきだろう、と。
 わたしが快斗に惹かれるのは彼がキッドだからであり、キッドに惹かれるのは彼が快斗だからである。そこのところを、彼にきちんと理解してほしい。自己満足だということくらい分かってる。けれど、そうしなければわたしは次へと進めない気がするのだ。
 さて、どうしたら再びキッドに会えるだろうか。原作に関わる予告状でも出してくれれば会いに行けるんだけど、と考えていると携帯が鳴った。画面を見るとそこには“白馬探”の名前。わたしは通話ボタンを押した。
「もしもし、探くん? えっ? …………うん……うん……ほんとに? 行きたい!!」



エヴァレットの書




 わたしは今“黄昏の館”と呼ばれる屋敷にやってきていた。探くんがその英知をたたえられて“神が見捨てし仔の幻影”主催の晩餐会に招かれたらしい。パーティーに行くなら同伴者を連れて行くべきだとかなんとか言いながら、彼はパーティーに参加するパートナーとしてわたしを誘ってきた。この前の電話はそれだ。
 自分がパーティーに参加する立場に色々と思うところはあったが、わたしはその誘いを躊躇わずに受けた。なぜなら“黄昏の館”で行われる“神が見捨てし仔の幻影”主催の晩餐会こそ、キッドが関わる原作の話として存在するものだからだ。
 探くんという幼馴染がいてよかったとこれほど思ったのは初めてである。探くんごめん。
「なんか思った以上に不気味な館だね」
 探くんの婆やに送ってきてもらったわたしたちは館に一番乗りだったらしい。全員が揃うまでの間館内を探検しようということになって、わたしはそんな感想を漏らした。
 黄昏の館。それはかつて、血も凍るような惨劇の起こった場所。そして、財宝の眠る場所。昔この場所でなにが起きたのか、そしてこれからなにが起こるのか、過去と未来の両方を知るのはまだわたしだけである。
「不安かい? ちゃんのことは僕が守るから安心してよ」
 はいはい、とわたしは苦笑したけれど、確かに彼がいればある程度の危険は避けられるだろう。その点は信用していた。
 実はこの館に来る前に、わたしたちは平和に家に帰るためのいくつかの準備をしてきている。厚手の手袋をはめた探くんの左手にとまっている鷹のワトソンもその準備のひとつだった。
 バサリ、とワトソンが羽ばたいたのをわたしも探くんも目で追う。きっとまた血の匂いにでも反応したのだろう。ワトソンは下の階へと続く階段の手摺にとまった。
「え? 鷹!?」
 驚いたような女性の声がする。髪を後ろでひとつに括った、美人な白衣の女の人だった。
 どうやら他の招待客も集まり始めたらしい。



……?」
 あっ、やべっ、と思ったのはわたしの自己紹介に小さな名探偵が反応した瞬間だった。キッドの件について夢中ですっかり忘れてた。この世界では彼が主役なのだ。つまり、原作に関わればもれなく彼もついてくる。
 コナン君は目の前までつかつかと歩いてくると、ぐいっとわたしの手を引っ張った。そして彼はわたしに有無を言わさず物陰まで連れて行く。ひいいい、怖いよー!
「おい、どういうことだよ?」
 まじまじとわたしの顔を見上げてからそう言った。自分の知る本人かどうか確認したのだろう。わたしは引きつった笑いを浮かべる。
「やぁねぇ、不可侵条約結んだでしょー、コナンくん?」
「ぐっ……なるほど、本人か」
 思いっきり目線をそらしながら答えれば、コナンくんは悔しそうに言う。
 けれども彼はすぐに気を取り直したように笑みを浮かべた。
「……けど、だったら尚のことどういう訳なのか知りてぇなぁ? ちゃん?」
 迫力のある笑顔で、コナンくんはわたしを問い詰める。ちょっとオニーサン、その表情小学生1年生とは認められなくってよ。わたしの方がコナンくんを見下ろしているというのに、見下ろされている気分になるのはなぜだろう。
「わ、わたし、約束を守らないひとってどうかと思うなー」
 お互いに、大切な人たちを守るために探り合いはしないと約束したはずだ。……実はわたしの方はコナンくんの事情を知っていながら交わした、狡い約束なのだけど。
「ほぉ?」
 けれどコナン君は怯まなかった。むしろ、どこか楽しげな表情でわたしを見上げる。
「ワケアリ風だった友達がある日突然学校に来なくなってオレは心配していたんだぜ? そんな中オレの目の前にその姿で現れたくせに、なにも聞くなと?」
「うっ……」
 こんな風にしているけど、本当に心配していてくれたのだろう。それが分かるだけに、そう言われると辛い。
「……そんなに心配してくれなくても、犯罪とかに巻き込まれてたわけじゃないよ」
 わたしは言い訳でもするかのように情けなけない小さな声で言った。そんなわたしをコナン君の声が咎める。

「イヤ、ホントごめんって」
 わたしはほとほと困りきってしまい、眉を下げて俯いた。
「もしもがなにか事件に巻き込まれてるなら、ひとりで抱え込まずにちゃんと相談しろよ」
 コナン君は真剣な目でこちらを見つめてくる。その声色には怒りが混じっていた。
 誠意を誠意で返せないのが本気で申し訳なくて、わたしは泣きそうになる。そんなときだった。
「こらコナン!」
「うわぁ!?」
 先程まで自分より下にあったコナンくんの目線がが、ぐいっとわたしの目線と同じ位までに持ち上がった。そして顔の位置がわたしから遠ざかる。
「勝手にチョロチョロすんなっていつも言ってるだろ!」
 コナンくんの首根っこを掴みあげ、そう怒鳴ったのは毛利小五郎だった。
「ご……ごめんなさぁい……」
 コナン君は小学生らしく素直に謝罪する。
「ったく……!」
 小五郎さんは仕方なさそうに言うと、コナンくんを掴んだまま娘の蘭ちゃんのいる方へと戻っていく。
 そのときコナンくんが「(あとで覚えてろよ)」とばかりに不穏な視線をわたしに向けてきたが、わたしはサッと目を逸らし彼の視線に気付かなかったことにした。
(もしかして助けてくれたのかな……?)
 原作の通りであれば、今の小五郎さんはキッドが変装した小五郎さんのはずだ。コナンくんには申し訳ないけれど、なんかちょっと嬉しい。
 そんなことを思いながら、わたしは遠ざかっていく小五郎さんとコナンくんの背中を眺めた。



 晩餐を作る予定だったはずのコックが急病で来られなくなったらしい。……もっとも、コックが来る予定など最初からなかったことを原作を読んでいたわたしは知っているわけだけれど。
 その来られなくなったコックの代わりに、大上祝善という美食家の探偵が晩餐を作ることになった。美食家というだけあって恰幅が良く、白髪を整髪剤で撫で付けた、鼻の下とあごの下に髭を生やしている男だ。ちなみに、この大上祝善という男こそがもうひとりいる仲間と共に“神が見捨てし仔の幻影”の名を騙り、6人の探偵を集めた人物である。
 大上さんが料理を作っている間、他の者たちがトランプやチェス、ビリヤードなどで時間を潰していると、メイドが来て晩餐の準備が整ったことを告げた。「ご主人様がお待ちです」と彼女は言っていたけれど、それが機械仕掛けのゴシュジンサマであることをわたしは知っている。
 案内されるがままに食堂へ向かい、覆面を被ったゴシュジンサマの言う通りわたしたち招待客は自分の名前の書かれたプレートが置かれている席に座った。わたしたちが全員席に着いた絶妙なタイミングで、主催者は喋りだした。
「君達を招いたのは、私がこの館のある場所に眠らせた財宝を探し当ててほしいからだ。私が長年かけて手に入れた巨万の富を……命を懸けてね」
「い、命だと!?」
 小五郎さんが困惑したように片眉を上げる。その瞬間、ドォォンという音が館に響いた。
「な、何だね今の音は!?」
 立ち上がってそう尋ねたのは大上さんだった。自分が爆弾を仕掛けたくせに白々しい。
「案ずることはない、君達の足を断ったまでのこと」
「ま、まさか車を!?」
 機械仕掛けの主催者は答えに、今度は小五郎さんが声をあげた。
「私はいつも警察や君達探偵に追われる立場。たまには追いつめる側に立ちたいと思いましてな。もっとも、ここへ来る途中の橋も同時に落としましたから、車があったとしても逃げるのは不可能だ。もちろん、ここには電話はなく携帯電話も圏外。そう……つまりこれはその財宝を捜し当てた方だけに財宝の半分を与え、ここからの脱出方法をお教えするというゲームですよ。気に入ってもらえましたかな?」
 ……警察や君達探偵に追われる立場、ね。“神が見捨てし仔の幻影”を騙る主催者の言葉にわたしは眉を顰めた。随分好き勝手やってくれる。
「フン、虫が好かねえんだよ。てめえみてぇな面を隠して逃げ隠れする野郎は!!」
 わたしとはまた別の意味で主催者に腹が立ったらしい。そう言って主催者が被っている覆面を取り払ったのは茂木遥史というスカした男だ。けれど、覆面を剥ぎ取りそこにあったのはスピーカーが埋め込まれたマネキン。
「マネキンの首にスピーカー!? くそ!」
 茂木さんは覆面を投げ捨てた。
「だ、誰が……いったい誰がこんな事を!?」
 小五郎さんに扮したキッドが言う。まったく、大上さんも大概だが、彼も大した役者だ。
「あら、毛利さんともあろう方が知らずに来たんですの?」
「え?」
「ちゃんと招待状に書いてあったじゃない。“神が見捨てし仔の幻影”って」
 槍田郁美さんという美人の女性が小五郎さんを少し馬鹿にするように言った。彼女は元検視官だという。現時点で毛利小五郎がキッドの変装した姿であることを知らないからこそできる発言だ。
「幻影ってーのはファントム。神出鬼没で実体がねぇ幻ってこった」
 槍田さんの台詞に茂木が説明を始める。
「にんべんを添える“仔”という字は獣の子ども。ほら、“仔犬”とか“仔馬”に使うでしょ?」
 千間降代という老婆が繋いだ。安楽椅子に座ったまま、事件の話を聞いただけで解決してしまうというすごい人らしい。けれども今回彼女は大上と協力して“神が見捨てし仔の幻影”の名を騙り、この屋敷に探偵を集めた主催者のひとりだ。そして、本来ならば、その協力者である大上をこれから殺害する予定だった人物である。……まあ、大上さんが善人ではないとはいえ目の前で殺人事件なんて気分が悪いので阻止させてもらうつもりだけど。
「“神が見捨てし仔”とは新約聖書の中で神の祝福を受けられなかった“山羊”の事。つまりこれは“仔山羊”を示す文章。英語で山羊はGoatだが、仔山羊のことはこう呼ぶのだよ」
 もったいぶったように大上さんが言葉を切る。
「Kid」
 白馬君がその答えを口にした。
「な、なに!?」
 その言葉でようやく“神が見捨てし仔の幻影”の正体が分かったように振る舞うあたり、キッドが小五郎さんをどう思っているのかよく分かる。
 探くんが薄く笑った。

「こう言えばもっと分かりやすいでしょうか。Kid the Phantom thief」

 彼の声は食堂内でやけに響いて聞こえた。



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2012.12.15