江古田高校に時期外れの転校生がやってきた。何を隠そう、わたし、のことだ。
 編入試験を無事にパスすることができてほっと一安心。高校生の勉強欠かさなくてよかった! おかげでコナン君に怪しまれたけどね! 元に戻れたんだから結果オーライだよね! 1年のうちに2回も転校生をやることになるなんて思いもしなかった。
 残念ながら、このクラスの中にわたしの見知った顔はない。それもそうだろう、“彼”がいるらしい隣のクラスにはもう既に転校生が2人いる。まぁいい、だってそのうちのひとりはわたしの幼馴染だ。なるようになるだろう。
 “彼”とは同じクラスにはなれなかったけれど“1回目”よりもずっと晴れやかな気持ちで笑顔を作り、わたしは頭を下げた。
です。よろしくお願いします」
 教室からは小学校の時と比べると幾分か大人しい拍手が起こった。



エヴァレットの書




 午前のトイレ休憩の時間は全てクラスの女子に囲まれて過ごした。これから卒業までこの学校で過ごすんだもの、女の子の友達は大切だよね!
 昼休みは「ごめん、隣のクラスにいる幼馴染に会いに行きたいんだ」といえばあっさり解放された。「幼馴染って男子?」と聞かれて「うん……」と答えたときのみんなのにやにやとした笑いが気にならないでもないが、きっと気にしない方が精神衛生上良いだろう。気にしないったら気にしない。
 というわけで、わたしは現在幼馴染のいる隣のクラスに遊びに来ていた。
「さーぐるくん!」
ちゃん!」
 教室の後ろの方の席に幼馴染の彼が座っているのを確認し、2つある出入り口の後方からひょいっと顔を覗かせる。つい先日幼馴染であることが判明した彼、白馬探はすぐにわたしの声に反応し、ぱっと立ち上がった。どうやらタイミングのいいことに“彼ら”と会話していたようだ。
「えへへー、遊びに来ちゃった」
 にこにこと笑いながら勝手に教室に入り、わたしは探くんの横に並ぶ。
「今ちょうど迎えに行こうと思っていたんだ!」
 探くんは嬉しそうに笑いながらそう返してきた。
「ほんと? 手間が省けてよかったね」
「君を迎えに行くことを手間とは思わないけど、少しでも早く会えて嬉しいよ」
「あはは」
 軽口を叩けば本気で返されて、わたしは乾いた笑いをもらす。ごめんね、ほんとは君の向こうでこっちを凝視している彼に会いに来たんだ。けれど驚いたような表情でこちらを見つめる青い瞳には気付かないふりをして、わたしは首を傾げてみせた。
「そうだ探くん、そちらはお友達?」
 つい先程まで探くんと会話していた“彼”と彼女のことが気になるというようにそちらに視線を向ければ探くんは、ああ、という顔をする。話の矛先を向けられた彼女の方もこちらが気になったらしく、同じように首を傾げた。
「白馬君、その子は?」
「本日隣のクラスに転校してきたです。よろしくね」
 探くんに紹介をしてもらうよりも先に、わたしは自ら名乗った。
「あ、じゃあさんが噂の転校生かぁ! わたしは中森青子。青子でいいよ」
 どうやら転校生の噂は隣のクラスまで伝わっていたらしい。彼女はぱっと笑顔になって自己紹介をしてくれる。うん、予想通りの彼女だ。
「わたしのこともでいいよ」
 同じように笑顔で返せば、うんよろしくね! と両手を握られる。そしてそんな青子は、わたしの両手をつかんだままくるっと振り返り、こちらを見ながら固まっていた“彼”の方を見遣った。
「ちょっと快斗、なにさっきから黙ってるのよ」
「へ? あ、ああ」
 青子の声にはっとしたように、快斗と呼ばれた彼はぎこちなく動き出す。そんな彼を青子は訝しむように見ていたが、すぐに何かに気付いたようにジト目になった。
「あっ、分かった。がかわいいからって緊張してるんでしょー」
「べっ、別にそんなんじゃねーよ」
 彼は慌てて否定した。速攻否定されるというのも個人的に切ないものがあるが、この場合は仕方ないだろう。
 探くんが首を傾げた。
「黒羽君らしくないですね」
「はぁ? いつも通りですけどぉー」
 探くんの言葉が気に食わなかったらしく、まるで小学生のような口調で彼は言った。
 ますます解せないというように、探くんは眉を寄せる。
「いや、君が青子君以外の女性に否定的な言葉を言うなんて……」
 なるほど、もっともだ。彼のことを知らないことになっているわたしは思わず頷きたくなるのをなんとかこらえる。
 かわりに青子がそういえばそうねぇと訝しげに彼を見つめた。
「なっ、別にかわいいっていうのを否定したわけじゃ、」
 はっとしたように彼は首を振ったが、なぜか顔を真っ赤にして途中で言葉を止めてしまう。……ああ、いや、“なぜか”という言い方はずるいな。きっと、わたしのことを意識しているのだと自惚れてもいいのだろう。
「いいよいいよ、フォローされるのもなんか切ないし」
 少し心に余裕のできたわたしは、わざと少し困ったような表情を作ってみせた。しかし彼が言葉を返すよりも先に、探くんのフォローが入る。
「なに言ってるんだ、ちゃんはかわいいよ」
「はいはい」
 わたしは苦笑した。探くんのこのようなセリフはもう慣れっこだ。未だに幼い頃の結婚の約束に執着している探くんが本気で言ってくれているのはもちろん分かっているのだけど。
「うがーっ! だーかーら! オレだってさんはかわいいと思うって!」
 悠然と微笑む探くんと苦笑いを浮かべるわたしとの間に割って入るように、彼は半ば叫ぶように言った。
 自分で仕掛けたくせに、わたしは彼の言葉に思わず照れてしまう。
「え、えっと……ありがとう?」
 ほんのりと顔の温度が上がった自覚はあったが、なんとか微笑んでお礼を言う。
 すると探くんに両肩を掴まれて正面を向かされた。
「ちょっとちゃん! なんで僕のときはどうでもいいようにあしらったのに、黒羽君の言葉なんかで頬を染めるんだい!?」
「ええー……」
 面倒臭いなぁ……。だって、好きな人からかわいいと言われたら嬉しいに決まってる。勿論、彼はわたしが己の正体を知っているなどと夢にも思っていないだろうけど。
「はん、人徳の差じゃねぇの?」
 わたしが探くんに言葉を返すよりも先に、探くんを馬鹿にするような声が“黒羽くん”から投げかけられた。
 わたしの肩を掴んだまま、探くんは黒羽くんの方に顔を向けて口をわななかせる。
「君から人徳なんて言葉が出てくるとはね!」
 言葉と同時に肩から手が離されて、彼らは向かい合って睨み合う。あーあ、戦いが始まってしまった。
 内心、今日は黒羽くんに会いに来たんだけどなぁ、なんて思いながら、けれど口に出せないから溜息を吐く。
 それと同時に青子もまた溜息を吐いていて、わたしたちは顔を見合わせた。
「……はあ……、快斗がごめんね」
 身内の非礼を詫びるように青子が言う。
「全然。探くんも大人げなくてごめんね。彼、快斗くんっていうんだ?」
「そうそ、黒羽快斗。覚えなくてもいいけど」
「えっ? う、うん?」
 素直に頷いていいのか分からなくて、わたしは上ずった声をあげた。
「ばっ、青子なに言ってんだよ!」
 どうやら喧嘩しながらもこちらの会話を聞いていたらしい。黒羽くんが青子の言葉を批難する。
「あなたたちがくだらない喧嘩してるからでしょ! がびっくりしてるじゃない!」
 びっくりしているというか、なんというか、まあ。彼に近付きたくて遊びに来たのに予想外の展開になってしまって困惑しているというか……。
「ああーもう!」
 そんなことを考えていると、黒羽くんは探くんを押しのけてガシガシと頭を掻きながらこちらにやってきた。あ、おい、まだ話は済んでないぞという探くんの声はガン無視らしい。彼はわたしの正面に立つと、少し照れたように右手の指先で己の頬を掻いた。
「その……青子に先に紹介されちまったけど、オレは黒羽快斗。……よろしくな」
「! う、うん! よろしくね!」
 そんななんでもないことが嬉しくて、わたしは思わず満面の笑みを浮かべてしまう。
「お、おう」
 さらに顔を赤くした彼を、わたしはにこにこと眺めた。



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2012.8.18