えー……少し状況整理をさせて下さい。確かにわたしは昨日、異世界トリップ&若返りなどという貴重な体験をしました。夢だと思いたかったけれど、今朝起きてそれが夢ではなかったことも理解しました。しかし、一体この状況はなんなんでしょうか?
「は、はじめまして。今日からこの学校に通うことになったです。よろしくお願いします」
「さんはね、ご両親の都合でこの帝丹小学校に転校してきたのよ。みんな仲良くしてあげてね」
はーいっ、とクラスのみんなは良い子の返事をした。
「………………」
わたしが当たり障りの無い程度に自己紹介をしたのに対して、わたしを引っ込み思案だとでも思ったのか、クラスの担任だという女性は紹介を付け足す。そんな先生の言葉に対して、生徒たちは嬉々として返事をした。
「えーっと、さんの席は……」
「先生! ココ! ココ! 俺の隣が空いてます!」
きょろきょろと辺りを見渡した先生を見て、体格のいい男の子が手を上げた。
「そう。じゃあ、さんは小嶋君の隣ね」
ぴくりと、自分の頬が引きつるのが分った。
エヴァレットの書
生活習慣というものはそう簡単に変えられるものではない。わたしの通っていた高校は自宅から遠かったから、わたしには自然と早起きの習慣がついていた。そして今朝も、例外ではなく。今まで自分が使っていたものとは違う、いかにも真新しく高級なベッドから、わたしはもぞもぞと這い出た。ぐるりと部屋を見渡し、やはり昨夜のことは夢ではなかったとを思い知る。とりあえず、と床に足を下ろし、クローゼットを開けてみると、そこには可愛らしい子供服がずらりと並んでいた。
(最初からわたしが幼児化することを予想していたみたいね……)
クローゼットに並んでいる服たちはどう見たって新品だから、わたしが昔着ていたものとは考えにくい。ということはやはり、わたしの父親だという人間はわたしが幼児化することを最初から確信していた…あるいは予測していたとしか考えられないのだ。
(お母さんも、若くなってるのかな?)
昨日は疲れていて、深く考えずに床についたが、実際のところどうなっているのだろうか。
「……よし」
考えていても仕方が無い。わたしはクローゼットの中から気に入った服を選んで着替えると、迷わずリビングへと向かった。
「おはようございます、お嬢様」
「お、おはようございます」
(お、お嬢様……!?)
起きてきたわたしを迎えてくれたのは、昨日この家の執事だと名乗り、色々と説明をしてくれた梶岡だった。まだ会ったばかりの彼になんと挨拶するべきか迷って、とりあえずそのまま言葉を返してみる。すると、梶岡はくすくすと笑いだした。
「な、なに………?」
「いえ、かしこまってしまっているお嬢様が可愛いなと。私には敬語じゃくてよろしいのですよ」
なんとなく焦ってそう聞くと、彼はくすくすと笑ったままわたしに言った。わたしは思わず赤くなる。可愛いって……そりゃ外見小学生だから当然かもしれないけど、中身が年頃の女の子であるわたしには少々刺激の強い言葉だ。
「お、お父さんとお母さんは?」
動揺を隠すために、わたしは話を逸らした。
「お2人ともまだ寝てらっしゃいますよ。お嬢様はお早いお目覚めですね」
「う、うん。なんか習慣で」
「それは大変良いことですね」
少々不自然に話を逸らしたことに触れるでもなく、梶岡はにこりと笑って言った。
「そういえば、お嬢様にはまだひとつお話しなければならないことが残っていたのです」
「言いたいこと?」
「……その、非常に言い難いことなのですが……」
本当に言い難そうに、彼は眉を寄せた。
「うん、なに?」
そんな彼を促すように、わたしは言った。
梶岡は溜息をひとつ漏らすと、たっぷりと間を置いてから重々しく口を開いた。
「事実を世間から隠すために、元の姿に戻るまでの間、お嬢様には小学校に通っていただかなくてはなりません」
「…………は?」
これが今朝の話。そして今に至るわけだから、結局両親には会えなかった。
(昨日の夜といい、今朝といい、わたしの両親は娘のことより自分の楽しみなのか!?)
なんとなく憤りを感じながらわたしは考える。他にも考えたいことはいっぱいあったけれど、何よりも優先して考えなければならないことが、今は目の前にあった。
(小学校なんかに通うハメになった挙句、学校の名前が“帝丹小学校”なんて!!)
ああもう! 一体何がどうなってるっていうの!? しかも、隣に座っている体格のいい男の子の名前は、小嶋君ときたもんだ。わたしは隣の席をちらりと盗み見た。……つもりだったが、隣の彼もまたわたしを見ていたらしく、目が合う。照れくさそうに、彼はへへっと笑った。十円玉ハゲの位置までそっくり……いや、同じだ。
「俺、小嶋元太っていうんだ。よろしくな」
「よ、よろしくね」
うん、名前も同じ。わたしは曖昧な返事を返した。会話がここまでだったのなら、わたしはきっと平常心を保っていられただろう。同姓同名のそっくりさん。無理矢理ではあるが考えられなくも無い。わたしが今までいた世界とは違うのだから、某推理漫画に出てくる小学校の名前だって、あってもおかしくはないはずだ。
だが、元太君の次の言葉を聞いた瞬間、わたしは見事に固まった。
「俺さ、探偵やってるんだ。少年探偵団ってグループなんだけどな。俺の他には歩美に光彦、それとコナンってヤツがいるんだ」
後で紹介してやるからな、という嬉々とした元太君の言葉が何処か遠くで聞こえる。“帝丹小学校”に“少年探偵団”!? これは、もしかしてもしかしなくても……間違いない。ここは『名探偵コナン』の世界だ。
長々と語りだした元太君の言葉も、簡単すぎる先生の授業も、わたしの頭には全く入ってこなかった。全員が全員、同姓同名だという可能性だって捨てたわけじゃない。しかし、その可能性は絶対に無いということを、頭のどこかでは理解していた。