「明日? ムリムリ! 超イソガシイ!!」
 止まりそうになった思考を無理やり働かせて、わたしは即座にそう答えた。だが、そんなわたしの答えに、コナン君は少しも笑みを崩さない。
「じゃあ、月曜日の放課後は?」
「月曜日の放課後? ムリムリ! 超イソガシイ!!」
 それに対しても同じ返答をすれば、コナン君の笑顔が僅かに引きつった。それじゃあ火曜日は? 水曜日は? とコナン君はめげなかったが、わたしとしてはコナン君と対談などする気なんかないわけで。だって、コナン君は純粋にわたしとの会話を楽しもうというわけではない。どう考えても尋問する気満々だ。同じやりとりを一週間分する頃には、さすがの彼も呆れ顔になっていた。
「おいおい、じゃあオメーはいつ暇なんだよ?」
「え、永久に忙しいかな!」
 てへっ、と付け加えた次の瞬間、コナン君がかつてないくらいにこやかな笑みを顔に張り付けた。そして彼は、そのままの表情で口を開く。
「うん、じゃあ明日の午前10時にポアロでね!」
「は!? わたし明日忙しいって言ったよね!? しかもコナン君にとったら住んでる所の真下だけど、うちからは遠いからね!?」
「じゃあおまえんちで」
 勝手に決めるな! とばかりに叫んだわたしに、コナン君は冷静に返す。慌てているのはわたしの方だった。
「いやいや。来なくていいから。ほんと忙しいんだって」
 うちに来られるなんて、心の底から迷惑である。コナン君とふたりきりで自宅で尋問されるなど、考えただけでも恐ろしい。
「それじゃあ、また明日な」
 だが、コナン君はわたしの言葉なんて聞こえてませんとばかりに言い切った。ちょ、ほんと無理だから。
「わたし明日うちにいないし! 聞いてる!? うちになんか入れないからねーーー!!」
 そう叫ぶが、コナン君はもうすでにわたしに背を向けて歩き出していて。わたしの話を聞きいれたようには、到底見えなかった。



エヴァレットの書




――ピンポーン

 屋敷内に鳴り響くインターホンの音。その音で、わたしは目を覚ました。ぼんやりとする頭でサイドテーブルに目を向けて、現在の時刻を確認する。

――10:02

 ああ、もう10時かぁ。結構寝たなー、と思ったところでハッとする。
「10時2分っ!?」
 がばぁっ、と勢いよく飛び起きて、わたしは時計を掴み取る。見間違いであってくれ!! だが、まじまじと眺めれば、時間は間違いなく10時を過ぎていた。“早起きしてさっさと出かけてちゃおう! お嬢様は留守にしております”作戦が台無しである。作戦名からすべてを察してもらえると信じているので、説明は省くが。
 それより……やばい。もしかしてさっきのインターホンの音って……。そう考えたところで、自室のドアがノックされた。

――コンコン

様? 起きていらっしゃいますか?」
「…………」
 梶岡の声だ。しかもタイミングからして、どう考えても要件はさっきのインターホンの人物についてである。さてどうしようと考えて。
「…………よし、これは夢だ。寝よう」
 わたしは狸寝入り作戦を実行することにした。即座に時計を元の位置に戻して、タオルケットをがばりと被り、ベッドに逆戻り。まだ寝てるんだからね! 起こさないでよね!
 だがわたしの願いも虚しく、梶岡は「失礼します」と言って部屋に入ってきた。うわーん! 梶岡のばかー! 空気よめー!
「……お嬢様、起きていらっしゃるのですか?」
 しかもなぜか起きているのがバレている。もぞもぞしてたかな、わたし。
「寝てる」
 仕方ないからそう答えると、梶岡が苦笑した気配がした。
「ご友人がいらっしゃってますが……」
 間違いない。コナン君だ。
「今日は誰とも会う約束なんてしてない。なんか具合も悪いし」
「医者を呼びますか?」
 仮病と気付いているのかそうでないのかは定かではないが、梶岡はそれほど心配した様子もなくそう聞いてきた。わたしは首を振って答える。
「いらない。寝てれば治る。とりあえず、お客様にはお引き取りいただいて」
「かしこまりました」
 我が家の優秀な執事はここまで言えばさすがに空気を読んでくれたようで。まじめな面持ちでそう答えると、さっさとわたしの部屋を後にした。



 梶岡がいなくなってからしばらくして、わたしは再びむくりと起き上った。おそらく、そろそろコナン君は梶岡に上手い具合にあしらわれて自分の家に引き返していることだろう。持つべきものは優秀な執事だ。わたしはるんるんと鼻歌を歌いながらベッドから這い出した。ああ、今日もいい日になりそう!
 まずは顔を洗ってさっぱりしようと思い、備え付けのバスルームへ向かおうとしたところで、コンコン、と本日2度目のノック音がした。それと同時になぜか感じた嫌な予感。……いや、そんなまさか。コナン君なら梶岡が追い返してくれたはずだし……。まさか、ねえ……? お客様はお帰りになりましたよ、とかそういう報告だよねぇ? だが、いくらそう考えようとしても、嫌な予感は拭い去れない。
 ぐるぐるとそんなことを考えていると、ドアの向こうからおずおずと声が掛けられた。ああ、考えすぎて返事をするのを忘れていた。
「あの、お嬢様?」
「な、なあに?」
 わたしの様子を伺うようなその梶岡の声に、嫌な予感はますます大きくなる。
「その、大変申し上げにくいのですが、」
 梶岡が言い終わらないうちに、部屋のドアが思いきり開かれた。こちらの許可なく扉を開けたその無礼さに、ドアの向こうには梶岡以外の第三者がいることを知る。
そして。

「よお、。仮病とはいい度胸じゃねーか」

 扉の向こう側には、不敵な笑みを浮かべたコナン君が立っていた。



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2009.7.28