「コナン君、その一円玉どうしたの?」
「ベッドの横で拾ったんだよ」
 わたしの手を掴む手とは反対側の手に、コナン君は一円玉を持っていた。そういえば原作でもそんなことがあった気がするが、そんなことすっかり忘れていた。ていうか、ベッドの横に落ちていたのに気付かなかった自分の間抜けさにがっかりだ。ほら、とコナン君がその一円玉をわたしに手渡して見せてくれる。それを反射的に受け取ってから、わたしはむむっと眉を寄せた。
「なんか、薄くない?」
「それだけじゃなくて、本物よりひとまわり小さいぞ」
「へえ」
 言われてみればそんな気もするが、大きさの方はちょっとよく分からない。コナン君に一円玉を返しながら、わたしはこの一円玉を細工した人間を思い浮かべて、溜息を吐いた。



エヴァレットの書




「早くあけてあけて!!」
 一度みんなの居る部屋まで戻ったわたしとコナン君は、再び宝物の隠されている部屋までやってきていた。さっさと宝物を見つけ、他のことに気をとられていたコナンが、元太君や光彦君にはサボっているように見えたらしい。真面目に宝探しをしろと咎められて、結局コナン君は謎の答えを示しつつこの部屋に連れてきてしまったのである。子供たち推理してなくない? と思ってしまったわたしはたぶん悪くない。
 歩美ちゃんの言葉にせかされて、元太君が木箱(実は博士が隠したオモチャが入っている)のフタに手を掛ける。子供たちがわくわくとした様子でそれを見守るのを見て、思わず目を背けたくなった。わたしは、これからなにが起こるのか知っている。
 かたん、とフタが外された。嬉々としてそれを見つめていた子供たちの表情が、一瞬にして凍り付く。
「な!?」
 箱の中に入っていたのは、ズタズタのボロボロに壊された無惨な姿のオモチャたちだった。ロボットらしきオモチャはバラバラに切断され、いちばん上に見えているクマのぬいぐるみはあちらこちらが切り裂かれてその隙間から綿がはみ出ている。極め付け、そのかわいそうなぬいぐるみにはナイフが突き立てられていて、なんとも憐れだった。



「ひどいよね、ナイフでズタズタにするなんて……」
 子供たちもようやく落ち着きを取り戻してきたらしい。歩美ちゃんがボロボロになったクマのぬいぐるみを見つめながら、沈んだ声で言った。
 見つけたオモチャがズタズタにされていた子供も気の毒だが、その子供たちに喜んでもらおうとオモチャを購入した博士も大概気の毒だと思う。彼が見たかったのは子供たちの笑顔だろうに。なんだか泣きたい。
「きっとコレを隠した人物が、ボクたちをおどかそうとして……」
 歩美ちゃんの言葉に、光彦君が妙に真剣な声で返す。
 ちがうよ! と、コナン君が彼らの会話に口を挟んだ。
「博士はそんな事しないよ」
「は、博士?」
「じゃあコレを隠したの、博士だったんですか?」
 コナン君の台詞に、戸惑ったような声を出す歩美ちゃんと光彦君。宝物がオモチャだった時点で気付こうよ、と思うのは、わたしが高校生だからだろうか。
「ああ、それは博士が一週間前に隠したオモチャだよ。おめーらとこの別荘で宝探しゲームをするためにな」
 まさかこの状況下で教えないわけにもいかないだろう。告げられた真実に、子供たちは不安そうな表情を浮かべる。
「じゃあ、まさか博士が隠してからオレたちがここに来るまでの間に、」
「だ、誰かがここに来て、」
 元太君の台詞を、歩美ちゃんが引き継いだ。コナン君が大きく頷く。
「ああそうだ。おそらくそいつは博士の残した暗号を見て、寝室にあった宝箱を見つけ出したんだ。そして中身のオモチャを見て腹をたて、ナイフで切り刻んだってところだろう。その証拠に、博士が寝室の机の上に置いたはずな飛行機が床に落ちていた。きっとそいつがオモチャを切り刻んだ時に、はずみで落ちたんだよ!」
「そ、そんな……」
 コナン君の推理に、歩美ちゃんが衝撃を受けたような顔をする。
 わたしとしては、たったこれだけの情報でそこまで推理してしまうコナン君の存在の方が衝撃的だ。マンガを読んでたときはたいして気にならなかったけど、ずいぶんなことだと思う。
「でも、どうしてその人はここに?」
「さあな。偶然ここを通りかかって興味本位に入ったか、もしくは……」
 光彦君が尋ねて、コナン君が答える。彼はここでいったん言葉を切り、真剣に表情を作って言った。
「最初から何かを探す目的で、ここへやって来たか……」
「まあ、偶然通りかかったような人間がナイフを持ってるとは思えないけど」
 せっかくコナン君が真に迫る様子で決めたところに、ぼそっとそう呟いたら、コナン君に睨まれてしまった。わたし、べつに間違ったことは言ってないのに。
「何かって? 何だよ!?」
 コナン君の説明に反応したのは元太君。もどかしそうな表情でコナン君に聞く。
「まだわからねーよ。でも、もしかしたらあの図形に関係あるかもしれねーぜ!」
「図形?」
 歩美ちゃんが首を傾げたところで、そういえば、と思い出した。この家のあちらこちらには、まるで子供の落書きのような、太陽と月と星の模様で書かれた暗号が記されているのである。そのいくつかを、先程の宝探しの最中に子供たちが見つけている。それをコナン君が説明すれば、あれは暗号だったのかと子供たちは驚いたようだった。どうやら本当に子供の落書きだと思っていたらしい。
「こりゃーひょっとすると、マジでこの別荘にはどえれー宝が眠っているかもしれねーぜ」
 呟いたコナン君の背後で、子供たちが顔を輝かせた。あの顔は絶対にその宝を探す気である。
「あ、博士!」
 ちょうどそのとき、ケータイで警察に連絡を取りに行っていた博士が帰ってきた。どうやらタチの悪いコソドロだろうと受理されたらしい。
「とにかく、何も触らずに引き上げた方がよさそうじゃな」
「そうだな。あの暗号が気になるけど、現場をこれ以上荒らしたくねーし。……って、おーい、何やってんだおまえら!」
 博士の言葉にコナン君は頷きかけ、しかし子供たちが部屋を漁っているのを見付けた瞬間声をあげた。
「決まってんだろ? 暗号をもっと見つけて宝を探し出すんだよ!」
「バカヤロォ! まだこの辺りに犯人がいるかもしれねーんだぞ! グズグズしてると、」
「あ。あったよコナン君! トランプの裏にも暗号が!」
「ほ、本当か!」
 元太君の台詞に怒鳴ったコナン君だったが、歩美ちゃんが新たな暗号を見付けた瞬間、思い切り反応した。
「お、おい……」
 それを見た博士が声をかけるが、暗号を目の前にしたコナン君にはもうその声が届かないようである。子供たちに暗号を探す場所を分担させ始めたコナン君に、博士は呆れ顔。もうこうなったら彼は止められない。
ちゃんは、元太たちと一緒に二階な!」
「あ、うん」
 笑顔で告げたコナン君に、反射的に頷く。うわあ、イイ笑顔。

 ガタ、と背後の窓が音をたて、博士が振り返った。その様子を見て、わたしは目を細める。記憶の中にある運命の瞬間は、確実に近づいてきていた。



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2008.9.24