困った。非常に困った。
「あの、白馬君」
「なんだい、ちゃん」
「お仕事、しなくていいの?」
「ああ、まだ大丈夫だよ。彼が来るまでにはまだ時間があるから」
「そ……そう」
にこにこと笑う白馬君に、若干引きつった笑顔を浮かべているわたし。遠回しにどっかに行ってほしいと言っていることに、鋭い彼が気付かないはずない。だとすれば、分かっていてやっているわけか。
わたしはミルクと砂糖のたっぷり入ったコーヒー(むしろカフェオレ)を飲みながら、状況の打開策を考えていた。日差しのあたたかいおやつ時。
――今夜は美しい満月が見られるだろう。
エヴァレットの書
白馬君を撒くのにとても苦労した。なにせ、彼はお昼過ぎに家を尋ねてきてたかと思うと、1日中わたしに付きっきりだったのだ。本人いわく「ちゃんとできるだけ長く一緒にいたい」のだとか。さすがにお風呂までについてくることはないので、夕食後に上手く撒いたが。
「あぶなかったー」
只今の時刻は午後10時。キッドのいう“天馬の駈ける刻”にはまだ時間があったが、わたしの体の方のリミットも近かった。バスルームで異変に気付いたとき、思わず安堵の息を吐いた。撒いた後でよかった、と。
長くなった手足をバスタオルで拭いてから、大きいサイズのバスローブを手に取る。嬉しいことに、バスルームは自室に備え付けられているものなので、そのまま何も気にせずにバスルームを出た。数は少ないが、元に戻ったときのために、と買った服をクローゼットの中から選んで着る。ベッドに寝転がって、わたしは、はあ、と大きな息をついた。
ごろごろと動いて、ベッド脇のランプの方に手を伸ばす。用があるのは、ランプの乗っている小さな机の引き出し。引き出しを開ければ、中には無造作にムーンストーンが入っていた。今回、キッドが狙っている本物の“月の雫”である。警察たちが、自分たちが今守っているものが偽物だと知らないことを考えると、少しだけ気の毒に思えた。それを手にとって、暫らく眺める。たいした感慨が沸くわけでもなく、わたしはそれを着ていたワンピースのポケットに放り込んだ。
「とりあえず、部屋から出ないほうがいいよね」
誰かに見つかったらややこしいことになるだろう。家族だけなら説明すれば問題ないのだが、今日は屋敷のあちらこちらを警察がうろついている。部屋の中で大人しくしているのが賢明というものだ。幸い、警察はわたしをただの小学生としか思ってないのだし。眠いから部屋に戻る、といえばあっさりと信用してもらえる。
「さて、いったいどんなタイミングで来るのやら」
キッドは、警察が守っているものが偽物だということに容易に気付くだろう。しかしその後、いったいどう行動するのか。こっそり会いにくるほうが楽だったろうに、なんで予告状まで出してこんな大変なことしたんだろう。“月の雫”が有名なビッグジュエルというわけでもないのに。
“天馬の駈ける刻”がくるまで、わたしはつらつらとそんなことを考えていた。