「さん、これは一体どういうことですか」
白馬君の声が、応接室全体に響いた。
父は手で顔を覆ったまま、何も話さない。今どう行動するのが1番良いのか考えているのだろう。
けど、わたしも色々と知りたいよ、お父さん。特に白馬君との関係とか。白馬君の質問に心の中でウンウン頷きつつ、ちらりと父を見る。
父は覚悟したように顔を覆っていた手を離すと、梶岡、と近くに控えていた執事の名を呼んだ。
「中森警部、あとの話はうちの執事と進めてもらえますかな」
「はあ……構いませんが」
状況が把握しきれていないのだろう、中森警部は若干たじろいだ様子だったが了承した。
「それじゃあ梶岡、任せたぞ」
父がソファから立ち上がると、かしこまりました、と梶岡が代わりに席に着く。
「探君とは私についてきなさい」
エヴァレットの書
「……さて。何から話したものかな」
わたしと白馬君が連れてこられたのは、父の書斎だった。テーブルを挟んで向かい合う、2人掛けのソファ。わたしと父が並んで座り、反対側に白馬君を座らせる。
まず最初に確認させて下さい、と白馬君が切り出した。
「そこにいるのはさん……10年前に行方不明になったお嬢さんで間違いないですね?」
白馬君と父が同時にわたしを見る。その居心地の悪さにわたしはほんの少し身じろいで、父は重々しく頷いた。
「ああ、間違いない」
その言葉に、白馬君は納得したような哀しそうな、それでいてまだ何かを訝しむような複雑な表情をする。なぜ……。彼はぽつりと呟いて、父を見据えた。
父は溜息を吐き、目を閉じる。そして、10年前に起こった事故からの出来事を、静かに語り始めた。
「そんなことが、現実に起こりうるなんて……」
馬鹿な、と話を聞き終えた白馬君が呟いたことに、父は軽く笑ってみせる。
「科学というものは、初めてそれが発明されたとき、大抵人々を驚かせるものなのだよ」
「…………」
父は、キスについては話さなかった。それなりに思うところがあったのだろう。ただ、ここにいた頃のわたしの記憶がほとんど無いことだけは伝える。
「それじゃあ、さんは僕のことを覚えていないんですね……」
「残念ながら、そのようだね」
自分で確かめておきながら、白馬君は父の言葉に悲愴な表情を浮かべた。わたしだけはまだ、彼がそんな表情を浮かべた理由が分からなくて、首を傾げる。白馬君が幼い頃のわたしを知っているのは確かなようだけど……。
「。探君とおまえはね、幼馴染だったんだよ」
わたしが疑問符を浮かべていることに気付いたのか、わたしの方を見ながらそう告げた。そして、ようやくわたしは納得する。なるほど。それで白馬君はわたしのことが分かったのか。しかし、10年も行方不明だった幼馴染の顔なんてよく覚えていたなぁ……。わたしがひとり感心していると、白馬君はぱっとこちらを向いた。
「それだけじゃない。僕たちは結婚の約束だってしてたんだ」
へーえ、結婚の約束かぁ…………ん? …………んんん!?
「結婚の約束〜!?」
がばっ、と思わずソファから立ち上がる。血痕の約束……とかそんなベタなシャレかましてる場合じゃないよね。そうだったら怖いし……。ていうか、結婚の約束って何!? 親の決めた許婚とかそういう……!? ひとりあたふたと、父と白馬君の顔を見る。
そんなわたしの様子に白馬君は僅かに笑ってみせたけど、父は眉を寄せた。
「子供同士の、幼い約束だろう?」
……あ、なんだ。そういうことか。父の言葉に、心の中でほっと息を吐く。あれか。タロウくん、大きくなったらハナコをお嫁さんにしてね、とかそんなノリか。
「でも、約束は約束です」
え。ちょ……ちょっと〜!? なに言っちゃってるの白馬君!? わたしはぎょっと目を見開いて彼を見た。
やたら本気モードの白馬君に、父が困ったような表情を浮かべる。
「探君。娘を想ってくれるのは嬉しいのだけどね、は何も覚えていないのだよ」
「つまり、思い出せば問題ないんですね?」
いやいやいやいやいや!! 問題あるでしょ、大有りでしょ。
父も同じことを思っていたらしく、そういう問題でもないと思うんだがね……と返した。
「僕は、今でもさんが好きです。この10年間、さんを忘れたことなど、1度も無い」
「っな……!」
なに恥ずかしいこと言ってるのこの人ー!? なんかもうまともに思考が働かなくなってきた。
フリーズ状態のわたしに、白馬君はにこりと微笑みかけてくる。性格には難ありだが、顔だけは非常によろしい。やばい、心臓もたない……。
「僕は、ちゃんがたとえ元の姿に戻れなくても、一生愛し続けられるよ」
ごふっ……! その台詞、殺傷能力高っ……!
顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせているわたしを、白馬君が満足げに眺める。
その様子を唖然と見ていた父はようやく我に帰り、空気を壊すように咳払いをした。
(助かった……!)
あともう少しあの状況の中にいたら、わたしはぶっ倒れていたに違いない。
「と、とりあえず、結婚云々の話は置いておいて。娘のことは他言無用で頼むよ、探君」
「ええ、もちろんです」
やや気まずそうに言った父に、白馬君は微笑んで返した。