「ねえちゃん、お願いがあるんだけど」
 帰りの会が終わって帰宅する準備をしていたら、歩美ちゃんに声をかけられた。彼女の後ろには、その他の少年探偵団。
「うん? なあに?」
 なんとなく嫌な予感がするなと思いつつも、わたしは笑顔で歩美ちゃんの方を見る。歩美ちゃんはそんなわたしの様子を確認すると、無邪気な笑顔で口を開いた。
「今日、みんなでちゃんの家に遊びに行ってもいい?」
 キラキラと、コナン君以外の少年少女は目を輝かせてわたしを見つめる。
「えーっと……」
 彼女たちの期待のこもった眼差しに、ノーとは言えなかった。



エヴァレットの書




「えーっ! ここがちゃんのお家!?」
「でっけーなあ!!」
 歩美ちゃんと元太くんの言葉に苦笑しつつ、わたしはどうぞと門を開ける。全員が門の中に入ったのを確認して、わたしは門を閉めた。門から玄関までは、それなりに距離がある。広い庭を通りながら、みんなはわーわーと声をあげていた。コナン君さえ、少し物珍しそうに庭を眺めている。そんなに珍しいものが、庭にあるわけではないんだけどな。
「はいはい、もう着いたよ」
 庭に目を奪われてる彼らに声をかけて、わたしは玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
「「「「おじゃましまーす!」」」」
「お帰りなさいませ、お嬢様。御友人の方々も、ようこそいらっしゃいました」
 わたしたちを出迎えてくれたのは執事の梶岡。事前に電話を入れておいたから、色々と準備していてくれたはずだ。……梶岡はお父さん付きの執事だから、本当はわたしの為に働く必要は無いんだけどね。
 元太君がわれ先にと家の中にあがり込む。光彦君は元太君が靴を脱ぎ散らかしたのを軽くたしなめてから、自分の靴と一緒に揃えて家にあがった。なんてお行儀の良い子なんだ。元太君も見習いたまえ。コナン君と歩美ちゃんが静かに靴を揃えてあがり、最後にわたしが続いた。スリッパはあらかじめ梶岡が用意していてくれたようだから、わたしはそれを履き、みんなにもそうするように勧めて先頭に立つ。
「じゃ、わたしの部屋に案内するね」
 はーい! とやはりコナン君を除いた少年少女は、良い返事をした。……なんとなくコナン君の苦労が分かったかも。



「お、新しいゲームがあるぜ!」
「わー! このお人形さんかわいい!!」
「このトランプの柄、珍しいですねぇ!」
 部屋に着くなり、彼らは探索を始めた。確かに、部屋の中を探索しても良いかと聞かれて別に良いと答えたけれど、ちょっとは遠慮しろよ小学生。ばったんばったんとあちらこちらクローゼットまで開けてみせて、その度にわーっと声をあげる。コナン君だけがただ無言で、わたしの部屋を探索する子供たちの様子を呆れたように見ていた。歩美ちゃんなんかは女の子だから、たくさん並んでいる服などが純粋に羨ましいようだった。
「いーなぁ。わたしもちゃんの家に生まれたかった」
「わたしは歩美ちゃんの方が羨ましいけどなぁ」
 女の子の憧れる生活そのまんまだよねぇ、なんて呟いた歩美ちゃんに軽く苦笑いしながら、わたしは返す。ええー? と訳が分からなそうに声をあげた歩美ちゃんに、わたしはただ微笑んでみせた。
 そう。この家に生まれていなければ、わたしは多くの物を失わずに済んだのだろう。前居た世界を知ることもなく、小さくなってしまうこともなく。それほど悲観しているわけではないけれど、やはり小学生という時間を小学生らしく過ごしている歩美ちゃんたちは、わたしには少し羨ましく思えた。
「おい、これ何だ……?」
「ん? ……え、あ!!」
 歩美ちゃんとそんなやりとりをしていると、突然元太君が話し掛けてきた。振り返って元太君の指しているものを確認した瞬間、わたしは軽く固まった。彼が指していたのは1冊の本。色は青で、表紙には“チャー●式 数U”と書かれていた。
(梶岡に参考書隠すように頼むの忘れてた!)
 高校生にはお馴染みの、数学の参考書。元の年齢に戻ったときのために、勉強していたのだ。どうしよう、どうしよう……。頭をフル回転させて、言い訳を考える。すると……。
「すっごーい! ちゃん、もう2年生のお勉強してるの!?」
「へ?」
 歩美ちゃんの台詞に、わたしは思わず間抜けな声を出してしまった。2年生の、勉強……? ちらりと参考書に目をやる。表紙を見て、ああ、と頷いた。確かに、表紙には“数U”と書いてあるが“高校数学”とは書いていない。おそらく、彼女は“U”という数字だけで、小学生2年生のものだと勘違いしてしまったのだろう。わたしにとっては都合の良い勘違いだ。
 中身を見られる前にさっさと回収してしまおう、と、参考書の方に手を伸ばそうとした。次の瞬間、わたしは思わず自分の部屋から逃げ出しそうになった。なんと、コナン君がチャー●式のページをぱらぱらとめくりながら、物言いたげにこちらを見ていたのだ。い、胃が痛い……!
「2年生の参考書、ねぇ……?」
 ぼそっ、と わたしに聞こえるギリギリくらいの声でコナン君が呟く。背後で光彦君が「ちゃんは頭良いですからねー」と言っているのが聞こえた。普段なら「そんなことないよー」なんて謙虚さを示しているところだが、そんな悠長に訂正を入れてる余裕など今のわたしにはない。
「は、はは……」
 乾いた笑みを浮かべながら、そっとコナン君の手がチャー●式を奪った。そのときにコナン君と目が合ったが、わたしは思いっきり目をそらす。そんなわたしを見て、コナン君が何かを言おうと口を開いた、そのとき。

――コンコン

様、お茶とお菓子を持って参りました」
 台詞通り、お茶とお菓子を持ってきた梶岡の登場によって話は打ち切られ、わたしはこっそりと安堵の息を吐くのだった。



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2007.11.21