どうやら、例の黒真珠はコナン君によってちゃんと守られたようだ。しかしキッドの方もちゃっかり逃亡。今頃は海の中を着衣水泳しているだろう。
かの有名な名探偵毛利小五郎さんの娘さんに化けていたんですって、という母のことばにへぇと頷く。
会場内は落ち着きを取り戻し始めていた。ちゃんとスーツも返せたし一安心だ。そう息をついたのもつかの間、わたしの安息はとある人物に声をかけられることによって終わりを告げた。
「ちゃん、ちょっといい?」
「こ、コナン君……?」
非常に可愛らしい声で話しかけられた。が、その眼はまるで犯人を追い詰める探偵そのもので。わたしは無意識のうちにごくりと喉を鳴らした。
エヴァレットの書
あらあ、かわいい子ねえ、ちゃんの彼氏ぃ? そんな母の声に、そんなわけあるか! とつっこむ間もなく、コナン君に引きずられるようにしてその場を離れる。こんなのが彼氏だったらいろんな意味で心臓がもたない。ああ、わざわざコナン君に会わないようにしていたのになんでこんな目に。一方的にわたしを探していたらしい彼はわたしの手首をがっちりと掴んでいた。あれですか、逃がさないぞ、ということですか。
「お前、気付いてただろ?」
「なにが?」
切り出したコナン君に、すぐさまそう返す。気付いてないよ、なんて言ってしまうような馬鹿な真似はしない。それじゃあ“気付いてました”と言っているようなものだ。何が起こっているのかさっぱり分かりません。そんな様子を示すには“なにが?”が正解。
「キッドが蘭に変装していたことにさ」
「その話、お母さんから聞いてびっくりしちゃった!」
わたしは本当に驚いたような顔をしてみせた。我ながら白々しいとは思う。
コナン君は、はあ、と大きな溜息をつき、掴んでいたわたしの手を離した。
「おめーほんとやりにくいな」
「うん?」
首を傾げてみせれば、再び大きな溜息。
「お前が何かを隠しているのは、確かなんだ」
しかしそれが何なのか分からない。そう言って、小さな探偵はわたしを見つめた。その視線があまりにも真っ直ぐで。気まずくなってしまったわたしは思わず目を逸らす。ああ、わたしのバカ。これじゃあやましいことがありますと言っているようなものじゃないか。……いや別にやましいことではないんだけど、隠しておきたいことには変わりない。
コナン君は小さく笑った。そしてその顔には、外見年齢には似合わないほど不敵な笑みを浮かべる。
「オレに隠し事はできないぜ?」
「へえ、そうなんだー」
コナン君ってすごいんだねー。どこかズレて返事を、わたしは返した。彼の話術に乗ってしまったら最後、全て暴かれてしまう気がする。
「何を隠したいのか知らないが、お前はオレの前で3つのミスをおかしている」
「へえ、そうなんだー」
乗っては、いけない。そう、彼の話に乗ってはいけないというのに……。コナン君は片方の手だけをポケットに突っ込み、もう片方の手の親指を折って、1つ目、と数えた。
「算数の、プリント」
「…………」
「忘れたとは言わせないぜ?」
そんなこと言わずに忘れたと言わせて下さい。と、ボケをかます余裕などない。
言いたいことは分かるよな? コナン君の瞳は言葉は無くともそう語っていて、わたしは知らずのうちに息をのむ。アレがきっかけでコナン君がわたしを怪しむようになっていたことは、よく分かっていた。
言葉を返せないでいるうちに、2つ目、とコナン君は人差し指を折った。
「エイプリルフールの、晩」
「…………」
先程同様、返す言葉なんて見つかるはずも無く。けれど何か返さなければと、わたしは口を開いた。
「それは、コナン君だって……」
「ああ、そうだな」
彼は頷いて認めた。そんな彼に、わたしは少なからず驚く。それは、コナン君自身もまた、隠し事を持っているのだと示唆しているようなものだったから。その行為は、コナン君がわたしから情報を引き出すための最大限の譲歩。
言葉を返さないわたしに、コナン君は、3つ目、と中指を折った。
「蘭とお前は本当は初対面だった」
「…………」
これは、痛い。だって、しょうがないじゃないか。キッドに眠らされてしまう前にも、全てが終わった後にも、コナン君に見つからずに本物の彼女とコンタクトを取ることは不可能だったんだから。
「お前、起きた蘭に『コナン君のお友だち?』とか聞かれてたじゃねぇか」
さすがに誤魔化せないかも……と軽く弱気になったところで、わたしはコナン君の台詞にはっとひらめいた。
「へえ。コナン君って蘭お姉さんのこと陰では呼び捨てにしてるんだ?」
「なっ……」
動揺したような、コナン君の声。形勢逆転とまではいかなくても、一方的に不利な状況ではなくなった。肝心なところで詰めが甘いのは、お互い様だ。彼だって、わたしの前で致命的なミスをおかしている。それに気付いたのはわたしが全てを知っていたことが理由でもあるけれど、原因を作ったのは間違いなく彼自身。
「コナン君」
「…………」
名前を呼ぶ。わたしが何を言いたいかなんて、きっともう分かっているのだろう。
「お互い、深入りするのはやめよう?」
「…………」
それは、了解を示す沈黙。深々と溜息を吐いた後で、コナン君は再び口を開いた。
「……1つだけ、聞いてもいいか」
「なあに?」
「お前は、一体何を知っている?」
「なーんにも」
わざと、そう言う。彼の瞳が、真っ直ぐとわたしの眼を捉えた。ゆっくりと、口を開く。
「絶対に、真実を見つけ出す。……だから、逃げるなよ?」
なんの迷いも感じさせず言い放った彼に、わたしはただ静かに笑ってみせた。揺らぐことのないその青い眼は、いつか確かに真実に辿り着くのだろう。
どうか……どうか、その前に全てが終わっていますように。