「おやおや、可愛らしいお客さんが見てらしたんですね」
 あまーい!! 驚いたような表情をすぐに消し、微笑みかけてきたキッドに対してわたしは今じゃちょっと古いネタを心の中で叫んだ。
「それよりいいの? 怪盗キッドさん? 早く逃げないとヘリコプター来ちゃうよ?」
 ほう、と怪盗キッドに見とれているところでコナン君のセリフが入る。ほんのちょっとだけ、彼を恨みたくなった。
「フム」
 キッドは考え込むような声を出し、おもむろにスーツの中から無線機を取り出した。オホン、と咳払いをひとつ。
「あーこちら茶木だが! 杯戸シティホテル屋上に怪盗キッド発見!! 米花、杯戸町近辺をパトロール中の全車両および! 米花町上空を飛行中の全ヘリ部隊に告ぐ……」



エヴァレットの書




「動くなキッド!!」
「これはこれは中森警部……お早いお着きで」
 中森警部がここへくるのは、本当に早かった。本当に感心しているのか、馬鹿にしているのか、キッドが悠々と言う。……まあ、前者っていうことは無さそうだけど。
「フン! 何をいう。ワシがきさまの予告状を解いて、ここを張っていたのを知ってたクセに」
 中森警部自身もそれを理解しているのか、忌々しげに返す。杯戸シティホテル屋上には、ぞくぞくと警官が集まってきていた。誰一人、それがキッドの狙いだと気付くことなく。中森警部はキッドに銃を向けている。たかが泥棒に銃を向けるとはどうなんだろうと思うのだが、彼らにとっては余興のようなものなのだろうか問題無いらしい。キッドは余裕の表情のまま中森警部の台詞に耳を傾けていた。
「ハンググライダーでここから飛び立つと踏んで、ホテル内の人間をすべて調べ玄関口を固めていたが…まさか東京タワーから迂回して、ここに降り立つとは思ってもみなかったよ。だがあの真珠はあきらめろ。きさまにはもう逃げ場はない」
 中森警部のその言葉に、キッドはフフフと不敵に笑う。
「今夜は、あなた方の出方を伺うただの下見。盗るつもりはありませんよ」
「なに!?」
 戸惑ったような、中森警部の声。彼はいつもキッドに翻弄されている。
「おや? ちゃんと予告状の冒頭に記したはずですよ。April fool(ウソ)ってね」
 そう、エイプリルフールといえば、嘘をついても許される日。もちろん通常嘘の内容は、他愛の無いものだけれども。
 バッ、とキッドはハンググライダーを開いた。それを見た中森警部は慌てて指示を出す。
「や、ヤツを飛ばすな! かかれぇ!!」
 しかし、遅かった。自分の本当の狙いなど、キッドが気付かせるはずがない。
 カッ、急に視界が眩しくなった。キッドの放った閃光弾である。特に彼を追求する気の無かったわたしは、静かに目を閉じた。キッドが誰かに向かって喋る声が聞こえる。
「よぉボウズ……知ってるか? 怪盗はあざやかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが、探偵はその跡を見てなんくせつける、ただの批評家に過ぎねーんだぜ?」
「なに!?」
 それは明らかにコナン君に向けられた言葉。しかしコナン君がそれに反論する間もなく、ポンと音をたててキッドは姿を消した。ざわざわと、どよめきが起こる。
 わたしは閉じていた目を開いた。コナン君の衝撃を受けたような表情に、中森警部の悔しそうな顔。そんな彼らを眺めながら、わたしはあることに気付く。
(……あれ?)
 自分の肩にかけられた白い布の存在。
(これは……)
 それは確かに、キッドが身に纏っていた白いスーツだった。肩にはマントが付けられたままで、それがはたはたと風に舞う。
「うそみたい……」
 呟いて、吹いた風の冷たさにスーツの前を手繰り寄せた。そして気付いた、胸ポケットに入っている赤い薔薇の添えられた紙。取り出して、文字を目で追う。

“夜はまだまだ冷えますので、風邪などおひきになりませんよう。怪盗キッド”

 いつの間に用意したのだろう。文の最後には白いシルクハットを被り、モノクルをつけたキッドのマークがきっちりと記されている。おそらく、わたしが先程くしゃみをしたのを気にしていたのだろう。
「子供相手に……キッザー……」
 思わずぽつりと呟いて、警官たちを見渡す。嬉しいことには嬉しいのだが、小学生の自分に対しての行為だと思うとなんとなく複雑である。この中にキッドが紛れているのは間違いないが、見分けなんかつくはずもなく。警察の間では新たな予告状の存在が騒ぎになっていた。
 コナン君には逃げるなと言われていたが、このままここにいたら警察に咎められる恐れがあるので、今の隙に逃げておいた方がいいだろう。べつに、コナン君から逃げるわけじゃない。そんないいわけを心の中でしつつ、もともとドアに近いところにいたわたしは、後退りながら静かにその場から脱出した。
 カンカンカン、と勢い良く階段を下る。最上階の非常階段から非常口を通ってフロアに入り込んだ。エレベーターの前まで走っていき、下行きのボタンをプッシュ。時間が時間なので利用する人は少なく、エレベーターはすぐに到着した。いそいそと中に乗り込み、背後で扉が閉まった気配を感じてようやく安堵のため息をひとつ。……が、すぐにわたしは、ん? と首を傾げた。背後で扉が閉まった? わたし「閉」のボタン押したっけ? まさか……。ギギッ、とロボットのような効果音を出しながら、わたしは首を後ろに向ける。そして。
「よぉ、えらく急いでるみたいじゃねーか」
「こ、コナン君……」
 振り向いた先には、不敵な笑みを浮かべたコナン君が立っていた。



back top next

2007.7.28