べつにコナン君から逃げたわけじゃない。べつにコナン君から逃げたわけじゃない。こんな言葉が、頭の中をぐるぐると回っていた。
「逃げるな、って言ったよな?」
「えーっと……」
誤解だ! なんていう言葉を口にできるはずがない。あの場から逃げたのは事実だ。コナン君の目は、まるっきり犯人を追い詰める探偵そのもので、わたしは息を呑む。ひどく、居心地が悪い。相手は1歩も動いていないというのに、わたしは狭いエレベーターの中じりじりと後退った。
エヴァレットの書
「へえ? それじゃあ、キッドに会ってみたかった、と?」
「うん……」
コナン君の問いに、わたしは頷いた。結局、わたしが思いついた言い訳は単純なものだった。
今度開かれる鈴木家の船上パーティーに家族で招待されていて、予告状のコピーをもらったから自分で推理し、前々から会ってみたかったキッドに会いに行ったのだと。ほとんど、嘘はない。
わたしたちは、夜道をふたり並んで歩きながら話していていた。この状況は、親に内緒で抜け出してきたから早く帰りたいというわたしに、コナン君がそれは最もだと頷いた結果のこと。こんな時間に小学生の女の子がひとりで歩くのは危ないから、家まで送っていくついでに訳を話せと、そういうことだった。コナン君だって今は小学生だろう、という突っ込みはそっと心の中にしまう。
「よく、推理できたな?」
「それはコナン君にもいえるんじゃない?」
探るように聞いてきたコナン君に、わたしは返す。コナン君は訝しげに眉を寄せた。
「何か、隠してるだろ」
「人間だれしも隠し事くらいあるでしょ」
それともコナン君には隠し事なんて何もないの? そう聞くと、彼は溜息をついた。このひとに、大きな隠し事があるのをわたしは知っている。もちろん、コナン君はわたしが秘密を知っているなんていうこと知らないだろうけど。
わたしは僅かに笑って口を開いた。
「だいじょうぶ。きっと、コナン君が心配するような秘密はもっていない」
「なぜそんなことが言える?」
「ん? 勘かな」
再び、大きな溜息。
「幸せ逃げるよ?」
「余計なお世話だ」
幸せなんてもうとっくに逃げてるさ、と彼が小さく呟いたのを、わたしは聞かなかったことにした。