現在の時刻は0時20分。無事に家を抜け出してきたわたしは、杯戸シティホテル屋上入り口のドアの横の壁に身を預けて、キッドが来るのを今か今かと待っていた。
4月になったとはいえ夜の屋外というのはまだまだ寒く、冷たい風が吹いて思わず身震いする。ワンピース1枚で来てしまったことを少しだけ後悔した。しかし、今から家に戻って上着をとってくるような時間はない。
「あー……早く来ないかなー……」
長時間ここにいたら風邪をひきそうだなどと思いながら腕時計をチェックする。キッドが来まであと10分といったところか。
ふぅ、と息をついてわたしは腰を下ろし、星の見えない空を見上げた。ほんの少しだけ離れているところに、大量のヘリコプターが飛んでいた。
エヴァレットの書
キッドに会えるという喜びのあまり、わたしは大事なことを忘れていた。そしてそれに気付いたのは、もう手遅れになってから。
ガチャ、と、わたしが腰を下ろしているすぐ横でドアが開く音がした。
(……あ)
この時点でわたしは自分のミスに気付いたのだけれど、もう遅い。逃げ隠れする暇も無く、わたしはその人物と対面した。
「……ちゃん?」
「こ、コナン君……」
しまったー!! そうだよ! コナン君の存在をすっかり忘れていたよ! うわーん! わたしのバカバカ! 屋上のドアを開け放ったまま目を丸くさせているコナン君を見て、わたしは今すぐこの場所から逃げ出したい衝動に駆られた。しかし唯一の出入口にはコナン君が立っているので、それは不可能である。
ほんの少しの間気まずい沈黙が流れ、先に口を開いたのはコナン君の方だった。
「なんでここにいるんだ」
「えーっとー……」
彼の問い詰める声は鋭い。言い淀むわたしをコナン君は訝しげに見つめる。うー、とか、あー、とか言葉にならない声を発し続けるわたしを見て、コナン君はため息を吐いた。
「逃げるなよ?」
「え?」
言い残すと、コナン君は屋上の端まで行き、コト、と空き缶に花火を設置した。ああ、そういえば原作でもそんなことしてたね。花火を設置したところでちょうどコナン君の探偵バッヂに電話が入り、コナンは会話し始める。電話の向こうの人物はおそらく博士だろう。この隙に逃げ出すことも可能には可能だったが、逃げるなと念を押されている上、今逃げ出したところでどうせ近いうちにまた会うことになるのだ。次に会ったときにコナン君がこのことを忘れているなどということはまず無いだろう。
わたしはコナン君のその様子を見ながら、なんて言い訳したものかなと考える。安易な言い訳は彼には通用しない。矛盾を突かれて追い込まれるだけだ。うーん……と、本格的に考え込み始めたそのときだった。
――ヒュオオオオオ……
一陣の風か吹き抜けた。わたしははっとして顔を上げる。
白い、影。あの日と、同じ。漆黒の空の下、月明かりに照らされ、彼は夜の静寂を壊すことなく静かにわたしたちの前に降り立った。はたはたと、マントがはためく。音が無いわけでもないのに、そこは確かに静寂に包まれていた。三日月を背景に不敵に微笑むキッドに、わたしは見とれる。キッドが降り立った場所のほぼ真下にいたせいか、彼はわたしの存在に気付くことなく真っすぐコナン君の方へと歩いていく。……ちょっと疎外感。
「よぉ、ボウズ。なにやってんだこんな所で」
コナン君はすぐに言葉で答えることはせず、ライターで先程用意していた花火に火を点ける。それはパァン、と音をたてて夜空で閃光した。
「花火! あ、ヘリコプター。こっちに気付いたみたいだよ!」
……この場合、コナン君の言葉の語尾にハートが付いていたことは突っ込まない方が良いのだろうか。さっきから吹き付けている風のせいもあるけど、寒い。
「ボウズ、ただのガキじゃねーな」
「江戸川コナン。探偵さ……」
キッドが不適な笑みでコナン君に問い掛け、コナン君もまた不適な笑みでそれに返す。おおお、名シーン! そんなくだらないことを思ったせいだろうか。……あ、やばい、と思ったが、それを止めることは不可能だった。
「……っくしゅ!」
「…………」
「…………」
2人の視線が、同時にわたしに注がれた。コナン君は呆れたような目、キッドはわたしの存在に驚いたような目でわたしを見ている。
「…………え、えへ?」
首を傾げつつ誤魔化してみるが、決まりが悪い。うわー! やっちゃった!