「あ、あああのさっ、探?」
「なんだい?」
明らかに挙動不審に話し掛けてきたに対して、白馬は穏やかな表情で首を傾げた。
「今日の放課後話したいことがあるんだけど、いいかな?」
「放課後?今じゃ話せないようなことなのかい?」
にこにこと笑いながら聞き返す白馬に、ぐっと詰まる
こ、こいつ、私が何を言いたいかなんてだいたい分かってるくせにっ……!
白馬探という男は、自分の知る限り鈍くはなかったはずだ。
むしろ、高校生にして探偵なんてやっているわけだし、どちらかといえば鋭い人間だと思う。
なんと返したものかと考えていると、ふ、と白馬は微笑んだ。
「ごめん、冗談だよ。ちょっとを困らせてみたくなっただけ」
そう告げた彼の表情があまりにもやわらかくて。
は思わず怒りも忘れて、赤面した。





それはずっとここに在る





がちゃん。がちゃん。
教室に響く金属音。
放課後の誰もいない教室で、と白馬のふたりは明日のロングホームルームで使うという資料を閉じる作業をしていた。
40人ほどいるクラス全員分の資料を準備するというのは、なかなか根気がいる。
なんでこんなことになったんだろう、とは溜息を吐いた。
本当なら、今頃ちゃんと気持ちを伝えて、一緒に帰っていただろうに。
時間が経てば経つほど、決心は鈍るものだ。
、疲れた?」
「え? あ、ううん! 平気!」
真正面から声を掛けられて、ははっと顔を上げる。
夕日色の瞳が気遣うようにこちらを見るのに気付いて、慌てて否定した。
どうやら先程の溜息をが疲れたものだととったらしい。
心配させてどうする。
否定したに、それならいいけど、と納得した白馬。
はこっそり安堵の息を吐いた。
だがほっとしたのも束の間。
「そういえば、放課後話があるって言ってたけど」
そう切り出した白馬に、は心臓を跳ね上がらせた。
瞬間、
「いたっ」
がちゃん、というホチキスの音が普通より鈍く響いて、は悲鳴をあげた。
!?」
どうやら驚いた拍子に自分の指を閉じてしまったらしい。
厚さがあるため、針は完全に指には刺さらずただ歪んでぽろりと机の上に落ちたものの、の左人差し指には小さな針の跡がふたつできていた。
ぷっくりと、小さな血の玉が傷口にできる。
「ごめん、驚かせてしまったね」
本当に申し訳なさそうに眉を下げる白馬に、は手を振った。
「いや、単に私がまぬけだっただけだから気にしないで」
たったあれだけで動揺するなんてどうかしてる。
自分で自分に苦笑いしながら、は無意識に傷口を自分の口に運ぼうとする。
しかし、指が口に入る直前で、白馬がそれを止めた。
男性にしては繊細な指がの手首に絡みついて、掴んだ手を引き寄せられる。
「さ、探?」
自分の手首を掴むその体温に、思わず声が上ずった。
白馬は傷口をまじまじと見つめているがそれは彼の口元に近く、まさか舐めるなんてベタなことしないよねとは妙にドキドキした。
しかしそれは杞憂に終わる。
「だめだよ、。傷口はちゃんと水で洗わないと」
「あ……うん」
白馬はが思っているよりもずっと冷静だった。
「絆創膏貼ってあげるから、とりあえず傷口を洗っておいで」
「うん……じゃあちょっと行ってくる」
そう言って立ち上がれば、穏やかな笑顔に送り出される。

「なにをしようとしてるんだ、僕は」

額に掌を充てて、なにやらひとり悶々と悩んでいた白馬のことなど、は知るよしもなかった。





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20091220