「DVD?」
「うん。ほら、前にが観たいって言ってたやつ」
「って、あのホラーの?」
「ホラーの。快斗がに渡しとけって」
「ああ、それで。……青子、一緒に」
「あ、ちなみに青子ホラーはパスだから」
「ええ!? 私ホラーはひとりで観たくない派なんだけど!?」
「青子はひとりだろうがふたりだろうが観たくない派なの。白馬君誘えば? いつもはそうしてるじゃない」
「それはそうだけど……。青子〜……」
「そんな声出しても絶対観ないからね!」
「そんなぁ〜……」
待って
……そんな訳で結局。
「僕のところに来た訳かい?」
「……はい」
やや気まずそうに、それでもはっきりした声では頷いた。
正直なところ、この前あった出来事について考えることがない訳ではない。
けれど仕方ない、どうしたってホラー物をひとりで観る勇気はなかったのだ。
怖いのは苦手なのだが、しかしだからこそ見たくなる。
人間の心理って不思議だ。
いつまでも逃げているわけにはいかないのだし、これでなにかしらの決着がつくのならそれはそれでいいと思った。
けれど。
実際問題、彼を目の前にすると緊張してしまうのは隠せないもので。
の態度は、以前と比べるとぎこちないものだった。
そんなの様子を見ながら、白馬はやれやれと肩をすくめてDVDをプレイヤーにセットする。
青子を介して快斗から借りたというDVD、はたして純粋に彼女のために渡されたものだろうか。
どうにも快斗がなにかを企んでいるように思えて、白馬は密かに眉を寄せた。
に分からない程度に小さく溜息を吐いて、リモコンの再生ボタンを押す。
はといえば、彼女は二人掛けのソファーでクッションをぎゅうっと握りしめ、膝を体育座りのように畳んで座っていた。
映画を観るために明かりを消し、カーテンを閉めた暗闇の中、少し動くためには十分なテレビの光を頼りに、白馬も何気ない様子での隣に腰掛ける。
白馬の体重で沈んだソファーに、の肩が僅かに跳ねたように見えた。
しばらくの沈黙が流れ、テレビに映し出され始める。
その冒頭は、まるでホラーなど関係なさそうな、外国の美しい街並みだった。
……おかしい。
おかしいぞ?
じっとテレビの映像を眺めながら、の思考はぐるぐると回っていた。
洋画ながら、身の毛もよだつと評判だった本格ホラー。
最初に映し出された映像に拍子抜けしたものの、これから怖くなるのだろうと構えていたのに。
待てど暮らせど、幽霊や怪物は現れやしなかった。
それどころか、
『ジョン……わたし、やっぱり貴方なしでは生きられないの……』
『キャシー……』
画面には見つめ合う男女。
物語はいよいよクライマックスに差し掛かっていた。
『どんな災いが降り掛かったっていい。わたし、わたし……貴方のことが!』
『っ、キャシー!』
次の瞬間交わされた情熱的なキスに、は魂が抜けるかと思った。
おい、なんなんだこいつら!?
神聖なるホラー映像でなにやってるんだ!?
貞子でもジェイソンでもいいからさっさと出してくれ。
もはや意味の分からない感想しか頭に浮かんでこない。
この映画はどう考えてもホラーなどではなく、ラブストーリーだった。
いや、今のにとってはある意味ホラー映画かもしれないが。
(快斗にハメられた……!)
画面の向こうの甘ったるい空気は、その液晶の隔たりをも越えて、と白馬のいる部屋を侵食する。
暑い夏を涼しく過ごすつもりが大誤算だ。
ちらり、と目線だけを白馬の方に向ければ、彼はもはやテレビ画面を見てはいなかった。
かち合った視線に、は目を逸らすことを忘れて固まる。
すっと白馬の右手がのほうに差しのばされた。
その手はの左頬に触れ、視線だけだったものが、顔ごと彼の方を向くように動かされる。
途端にふたりがそれほど近い距離にいたことを思い出して、はうろたえた。
なんて、思い詰めたような目でこちらを見るのだろう。
「」
名前を呼ぶ声はひどく甘やかで。
その音は耳から伝わって、じわじわと全身を蝕む。
ゆっくりと近付いた顔に、まるでそうすることが当然であるように目をつむった。
……けれど、想像したような感覚はいつまでも訪れなくて。
おそるおそる目を開ければ、先程と変わらぬ近い距離で、白馬はその瞳に熱と甘さを含んだまま、けれども少しだけ困ったような表情でを見ていた。
「……探?」
思わず縋るように彼の名前を呼んでしまって。
白馬は驚いたように目を瞬かせた。
自身自分から出た声に驚いたのか、気まずそうに目を泳がせる。
ようやく自分の今の状況にはっとしたは、僅かな距離ではあるが、ソファーの端までそろそろと移動した。
気が付けば、テレビ画面にはエンドロールが流れている。
「……」
穏やかな声が、その名前を呼んだ。
は返事をしない。
できるわけがない。
「」
先程のことを考えれば、どうしようもなく恥ずかしい。
膝を抱えた腕に額を押し付けて、顔を隠した。
それでも。
「」
何度も何度も白馬が根気強くの名前を呼ぶものだから。
最終的には、の方が折れざるを得なかった。
「……待って」
「?」
ようやくが発した言葉に、白馬は僅かに首を傾げる。
「もうちょっとだけ、待ってて」
もう少しで、答えを言えそうな気がするから。
消え入りそうな声で紡がれた言葉。
それでも白馬は確かにその声を聞き取った。
そして言う。
「いいよ。そのかわり、」
そこでいったん言葉を切り、よりいっそう優しげな声で白馬は告げた。
「僕以外を選ぶのは、許さないからね」
は顔を隠した体制のまま、小さく頷く。
白馬が満足げに微笑んだことを、は知らなかった。
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20091001