それは本当に、夢に見たような世界だった。お洒落なカフェ、お洒落な町並み、お洒落な人々。
語彙が貧困で情けない限りだが、本当にお洒落だとしか言いようがないのだから仕方ない。
……ただし。
「探ー、……英語しか喋ってくれないよ?」
「まあ、英国だからね」
さらりと返された言葉に、は深く深くため息をついた。
…この男、私の英語の成績を知っているんだろーか。
「……ただい、ま。」
げっそりとした表情で言ったに、青子がきょとんとした表情で返す。
「えーと、お帰り…って、なんでそんな疲れてるの?」
お気に入りの、小さな喫茶店。夏休みとはいえ、流行りとは無縁のこの店はそうそう客であふれることはない。造り自体も大分ガタがきているが、お洒落な町並みとはかけ離れたそれが、今は妙に心地よい。
「ー?」
テーブルに突っ伏したまま顔を上げないに、おみやげおみやげ!と催促するのも忘れて、青子が心配そうに声をかけた。
「青子は…………」
じと、と。
突っ伏した体勢から首だけ上げて青子を見上げ(ちょっと怖い)、が何かを言いかけて、ふいと視線を逸らし……やめる。
「駄目だ」
「いきなり駄目宣言!?」
「だってー」
…突っ伏した視線の先では、コーラの泡がしゅわしゅわと上へのぼっていくのが見える。
ああ、気が抜けちゃう、炭酸が…なんて全く関係ないことばかり考える脳を叱咤して、は身を起こした。
「胸ってさ、どうすれば大きくなるのかな?」
「は」
あまりにも唐突なのそれに、青子は固まった。
「……ほら、そのさ。イギリス行って、さ…」
正直、ビビった。
大人な人が多いなあ、なんて思っていたら、皆同い年とか、それどころか年下とか。
着こなすドレスはどれもセクスィーで、あふれんばかりの質感はこう…なんかむちむちと…
「いやちょっと待って。それ喫茶店で話す内容じゃないから」
手をわきわきと動かしながら説明を始めたにストップをかける。
いくら人が少ないからと言っても、ゼロではないのだ。
「……つまり、圧倒されちゃったの?」
「うん」
はあ、とため息をついて、背もたれへ背を預け、天上を仰ぐ。
……英語がわからないのは、大した問題じゃなかった。挨拶くらいならなんとかなったし、街では白馬がフォローしてくれた。
ただ、自分と周りを比較して…どうしようもない劣等感に駆られたのだけは、どうしようもなかった。
「でもさー」
メロンソーダを飲みながら、青子がにっと笑って言う。
「、別に白馬くんのこと特に好きだとかじゃないんでしょ?だったら別に、いいじゃない。これからそういう機会だってそうそうないだろうし」
「…………そういえば、」
そうだ。
(…なんで私、こんなに気にしてんの?自分がちんちくりんなのは今に始まったことじゃないし)
ところで私が駄目ってのはどういう意味っ、なんて聞いてくる青子の声が遠い。
なんで?私一人が恥ずかしいなら別に気にすることじゃない。
どうして?何を気にして、私は劣等感を強く感じたというのか。
“探に恥ずかしい思いをさせたくない。”
「ほぎゃぁぁぁああああああああああああああ!!?」
「ひあああああああああああああ!?」
自分で辿り着いた答えに自分でビビって大声を上げ、ついでに青子をビビらせる。
「なんで!?」
「なにが!!……あ、」
「だって………!」
掴みかかりそうなの背後、少しずれたところに視線をやると、青子は小さく声を漏らした。
それに気付かず、はまだ混乱の最中だ。
「なんで!?だって…だって私とあいつはただの友達で、私はなんとも思ってないし、あいつだって…」
「“あいつ”って、誰のことかな」
「あいつって、そりゃもちろ……ん…」
言葉が尻すぼみになっていくのは、聞き覚えのある声が真後ろから聞こえたから。
正面にいる青子はといえば、顔に「あちゃー」なんて書いてある。…わかりやすい。
怖くて振り返れない、なんて状況、そうそうあるもんじゃない。
だが今のはまさにその状況で、振り返る勇気がなくて、それでも、どうしても。
「ごめん、青子」
「え?」
「今度払う」
一言残して。
振り返ることなく、そのままダッシュで店の出口へと駆け出した。
「ーーーー!!!?」
金が云々、よりこの状況で放置するな、という意味合いのほうが強いのであろうその声も、今のには届かない。
(…だって、私だってわからない)
自分でももてあます、この感情。
(……どう扱えばいいの!)
立ち向かえ
01 ← → 03
---
20090829