正当なる困惑





、僕と一緒にロンドンに来てくれないかい」
「は?」
お気に入りの喫茶店。
たしか友人であったはずの男の、唐突なるプロポーズの言葉に、は間抜けな声をあげた。
食べようとしていたフルーツタルトのマンゴーが口の中に入り損ねて、ぽとりと皿に落ちる。
この男、今なんて言った?
「だから、僕と一緒にロンドンに……」
「いや、それは聞こえたけど」
が彼に求めているのは、先程の台詞の復唱などではなく、具体的な説明だった。
聞こえていたのなら、なにが問題なんですか?
そういった様子で首を傾げる友人――名前を白馬探という。なんか王子っぽい苗字だ。恥ずかしい――をじっと見つめて、もまた首を傾げてみせる。
聡いはず彼が、自分の口にした言葉の問題性に気付いていないなどということが、本当にありうるのだろうか。
よくよく考えみれば、たちはまだ高校生なのである。
女であるならともかく、白馬の方はまだ結婚できる年齢ではない。
そもそも、彼と彼女の関係は、いわゆる世間一般が想像するような男女の付き合いではなかった。
少なくとも、はそう認識していた。
ならば、先程彼が口にした言葉がプロポーズであるはずがない。
そんな推理をしながら、だいぶ目の前の友人の影響を受けてるよなぁ、なんて苦笑する。
?」
名前を呼ばれて、はっとした。
そうだ、会話の途中だった。
しかも、途中から思考が少しズレていた気がする。
「あー、うん、なに? ロンドン?」
「ああ」
「なにしに行くの?」
分からないのならさっさと聞いてしまえばいいのだ。
彼に対して下手に分かったフリをすると、後々碌なことがないのは経験済みである。
の質問に、白馬はふんわりと微笑んで答えた。
「結婚式だよ」
「え」
今度こそは固まった。
なに今の笑顔。
ていうか、結婚式だって?
いや、そんな、馬鹿な。
だいたいにして、本人の許可もとらずいきなり結婚式ってどうなの!?
私たちそんな関係じゃなかったよね!?
いろいろとすっ飛ばしすぎだよね!?
ていうか、
「イギリスって男性も16歳から結婚できるの!?」
「へ?」
が思わずテーブル身を乗り出すように問い詰めると、それが予想外の切り返しだったのか、白馬は素っ頓狂な声をあげた。
ぱちぱちと瞬きをした彼につられて、もまた目を瞬く。
「……あれ?」
どうやら自分は思い違いをしているらしい。
白馬の様子でそれに気付いたは、はー、と息を吐いて座席の背もたれにもたれかかった。
「あーびっくりした。うん、まあ、そりゃあそうだよね。うんうん」
ひとり勝手に納得したように、ぶつぶつと呟きながら頷いているを眺めて、白馬は僅かに口の端を持ち上げる。
どうやら、美味しい勘違いをしてくれたようで。
「ふふ、僕たちの結婚式だとでも思ったかい? 
「えっ? いや、あー……その、なんていうか……」
言い淀むに、白馬はますます笑みを深める。
「なんならそれでも構わないよ、僕は」
「は!? いやいやいや、いきなりなに言ってんの。ていうか、探の言い方が悪い!」
ひとしきり焦ってから、はもっともな反論する。
それを聞いて、白馬は面白そうに笑った。
「まあ、狙って言ったからね」
「やっぱりか!」
そうじゃなきゃおかしい。
意図的でなければ、あんな明らかに勘違いしそうな台詞を、この男が口にするはずがない。
「はぁ〜……もう。それで? 本当はなんなの?」
「結婚式なのは本当だよ。残念ながら、僕たちのではないけれど」
溜息を吐いて聞けば、ウィンクと共にそんな返事が返ってくる。
「そのネタはもういいってば」
自分の勘違いを掘り返されて、赤面した。
「イギリスに住んでいる知人の結婚式だよ。もちろん、一緒に出てくれるだろう?」
イギリスなどの西欧諸国では、誰かをパーティーに招待した場合、その招待客がパートナーを連れてくることが想定されているのが通常である。
「うーん……」
「ああ、心配しなくても飛行機のチケットは向こうが用意してくれたから」
「…………」
そんなことを、心配しているわけではないのだけれど。
「探、飾りがほしいなら、もっとかわいい子誘った方がいいんじゃ……」
気になったことを、素直に口にしてみる。
のその言葉に、白馬は目を見開いた。
「まさか! 僕のパートナーは以外に考えられないよ! それに、飾りがほしいから君を誘ってるんじゃない。もちろん、はとても美しいから飾りとしても申し分ないけど」
「あーはいはい。分かりました。行けばいいんでしょ、行けば」
これ以上彼の誘い文句を聞いていたら、おかしな気になりそうである。
まったく、どうして素面でこんなことが言えるんだか。
「ああ、ありがとう。助かるよ」
そう言って心底嬉しそうな顔を白馬がするので。
結局、もそれにつられて微笑み返すのだった。





→ 02





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20090829