苦しい。苦しい。苦しくて、仕方がない。
息ができないのも、視界が滲むのも、ここが水の中だから?
恋はもっと楽しいものだと思っていた。
愛し合う恋人は、きっと幸せなのだろうと。
だのに、どうしてこんなにも息苦しいのだろう。
愛しているのに。愛してると言ってくれたのに。
どうして自分は、彼のものになることができないのだろう。
ああ、この身が忌まわしい。
命をかけた、最初で最後の恋。
叶わないのならば、せめて美しく散らせて。

こぽり、水の音が耳に届く。

小春は静かに目を閉じた。
仏様、あなたに慈悲があるというのなら、どうか愛しい者を思って命を絶つことくらいお許し下さいませ。

はたして、それは仏の慈悲だったのだろうか。
それとも、それすら許さぬという怒りだったのだろうか。

ともかく、彼女の願いは聞き入れられなかった。

ぐい、となにかに身を引き寄せられる感覚。
次の瞬間、ざばぁっという水音と共に、小春は水面に顔を出していた。

「!? っごほっ、ごほっ、ごほっ……」
「小春さん、小春さん!」
「ごほっ……なにを…………」
入り込みかけた水を外へ出そうと、身体が激しく咳をする。
自分の名前を呼ぶ者の声さえ聞こえないほど咳き込んでいると、やや強めに背を叩かれた。
こちらは愛する者を想って死のうとしていたというのに、なんという無粋な者だろう。
咳を込んだまま、思い切り顔を上げる。

瞬間、時間が止まった。

「! 真さ……っ、ごほっごほっ」
「喋らなくていい。楽になるまで存分に咳をして」

今度は優しく背中をさする感覚。
じわり、と小春の目に涙が浮かんだ。
苦しいからじゃない。
「真さま、どうしてここに……」
ここ一月ほど、かれはすっかり行方を眩ましてしまっていたというのに。
息も絶え絶え。けれど聞かずにはいられなくて、小春は声に出す。
小春の背中をさすりながら、真は困ったように微笑んだ。

「小春さん、あなたを攫いに来たんだ」


掌中の玉





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20101202