彼女の瞳が忘れられない。
激しい憎しみと、悲しみの籠もった眼。
何故、彼女の言葉を信じてやれなかったのだろう。
誰よりも、信用のおける仲間だったはずなのに。
「   、」
分かっている。
我々にとっては、彼もまたそういう存在だったのだ。
「ノイン、何故裏切った……!」
何故、彼女を犠牲にする必要があった。
他に、道は無かったのか。

――答えを持つ者は、もうこの世にはいない。





ぼくたちの失敗





酷く懐かしい瞳が、我々を見つめていた。
冷ややかなその眼は、恐ろしいほど美しく光っている。
「久しぶりね、ラーテン」
「…………な、」
言葉が紡げなかった。
なんと言ったら良いのか、全く浮かんでこない。
「何故、生きている」
辛うじて発した声は、情けなく震えていた。
そんな自分の様子を見て、彼女は薄く笑う。
「確かに殺したはずなのに?」
おどけたように言う彼女が、益々恐ろしい。
他人の空似では済まない。
目の前の彼女は、確かにその記憶を有していた。
「おいおい、冗談だろ?」
いち早く冷静さを取り戻したのは、バンチャ元帥だった。
さすがは元帥、といったところか。
「これはこれは。バンチャ元帥殿ではありませんか」
まるでたった今その存在に気付いたかのように、彼女が言う。
そして、ごきげんようと微笑んで、着ていた尼僧服のスカート部分をつまんでみせた。
「やめてくれよ」
気味の悪い彼女のその動作に、バンチャ元帥が顔を引きつらせる。
それに彼女は満足気に笑ってみせて、今まで彼女自身が座っていた椅子に静かに座った。
飲みかけだったらしい紅茶を一口飲み、優雅な動作でそれをソーサーに戻す。
昔と少しも変わらぬ彼女の動作を見つけて、少しだけ心が落ち着いた。
「……あのう……知り合いですか?」
少し空気が落ち着いたのを感じたのか、今まで黙っていたダレンが口を開いた。
自分とバンチャ元帥がなんと言ったものかと悩んでいると、彼女がダレンに視線を向けた。
「あら、新しいお仲間?」
今度は視線をこちらに移して、皮肉っぽく笑う。
居心地が悪い。
「教えてあげればいいじゃない。昔、仲間を裏切ろうとしたバンパイアだって。……ああ、今は人間だけど」
「……え?」
「やめてくれ! あの後何があったのか、知っているのであろう!?」
「ええ。エバンナから聞いたわ」
「ならば!」
「落ち着け、ラーテン」
「……っ!」
素っ頓狂な声をあげたダレンを遮って、声を張り上げた。
分かっている。
彼女が悪いのではない。
寧ろ、非は全面的にこちらにある。
しかし、あまりにも冷静に皮肉を言う彼女に腹が立った。
今にも彼女に掴み掛かりそうだった所を、バンチャ元帥に止められる。
「少し、話をしないか?」
バンチャ元帥が、彼女に話し掛けた。
「まあ。やっとわたしの話を聞いてくれる気になったの?」
わたしを罪人だと裁いたあのときは、少しも耳を傾けてくれなかったのに。
尚も皮肉気な彼女の様子に再び文句をつけそうになったが、ぐっと押さえる。
「謝って済むような話じゃないことくらい、痛いほど分かってるさ。しかし、頼むから皮肉はやめてくれ」
切実な様子の元帥を見て、彼女は面倒そうに溜息をついた。
「わたし、これから仕事なの。手短にお願いできるかしら」





01 ←   → 03






20080620