許さない。
許さない。
絶対に、許すものか。
わたしを陥れたあの男を。
わたしを信じてはくれなかった彼等を。
古きものに固執して、真実さえ見えていない。
何が誇り高きバンパイアだ。
みんなみんな滅びてしまえばいいのに。
憎しみを声にすることは叶わず、わたしの口からはただ、かはっ、という音が漏れる。
体を突き抜けている杭のせいでうまく呼吸ができない。
なんたる屈辱。
口の中に広がる自分の血の味は、いつも飲む人間のものとは違い、ひどく不快だった。
万物の神よ、どうか――どうか、血を清め、あなたの元へ帰る事を、人の姿に還ることを、お許し下さい。
そうでなければ、わたしは、わたしは……。





今日は奇蹟の朝です





時は流れて。
「ふぅん……。バンパイア、ねぇ……?」
テレビ画面では、先程からずっと同じことを伝えていた。
“バンパイア現われる!?”
なんのひねりもない、その大きな字幕に口を歪める。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、口に当てた。
ごくりと一口飲み込んで、僅かに笑ってみせる。
血を飲まずに生きていけるようになって久しいが、随分と人間であることに慣れたものだ。
かつては自分も化け物と呼ばれる身だったが、今はなんの力も持たぬ人間。
仲間に裏切られ、多くの物を失ったが、案外得たものの方が価値があるかもしれない。
彼らの信用と、心の代わりに得たのは、時の流れに逆らわぬ体。
陽の光を浴びる権利。
人の血を飲まぬ生き方。
吸血鬼であった頃は、時の流れに逆らい、陽を避け、人の生き血を啜って生きていた。
ああ、なんとあさましく、おぞましい。
わたしはそれから解放されたのだ。
神に許しを請い、罪を悔い改めた。
わたしは、人間に還ることを許されたのだ。
行き場を失い、ただ世を憎み彷徨っていたわたしの魂を救ってくださった、主。
バンパイアの神々と違い、なんと慈悲深いことか。
「主よ、今日という日を迎えられたことに感謝します、アーメン」
手も組まずに小さく呟いて、わたしは尼僧服の袖に腕を通した。





さて、警察に追われている間抜けな吸血鬼はいったい誰なのだろう。
知人の顔をいくつか思い浮べて、想像をめぐらす。
元帥の誰かだったら気味がいいのに。
元帥とかじゃなくてもいいから、クレプスリーあたり死んでくれないかしら。
テレビを見て、優雅に紅茶を啜りながら頭の中では物騒なことを考える。
もうすぐ出勤時間だわめんどくさい、と席を立ったそのとき、
――かたん、
小さな物音がして、部屋に自分の他の人間がいる気配を感じた。
はっとして身を隠そうとしたが時既に遅し。
ものすごい速さ――人間ではまずありえない速さでそれはわたしの後ろに回り込んだかと思うと、さっとわたしの口を押さえた。
「おとなしくしていれば命は取らん。しばしの間我々を匿え」
驚きに目を見開いた。
その声は酷く懐かしく。
そしてその声は、つい先程わたしが思い浮べていた人物のもの。
けれど、わたしは何も知らぬただの人間のように、怯えた様子で頷いてみせるのだった。

そして運命は再び交差する。
(さて、彼はわたしの顔を確認したとき、どんな顔をするのか)





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20080406