魔法使いワイミー





少女は、テーブルの上に置かれたチェス盤を睨んだままぴくりとも動かなかった。
「……。の番ですよ?」
少女、の目の前にいた少年は、痺れを切らしたように少女をせかす。
「分かってるってば」
はまばたきをし、むう、と唸って腕を組んだ。
明らかに劣勢となってしまったこの状況を、いかにして打破するか。
ああ、あそこでビショップを奪われたのはなかなかの痛手だった。
、降参しても」
「やだ」
少年の言葉を、は遮った。
自分の勝利を確信して紡がれただろうその台詞に苛々しながら、は白のクイーンを手に取る。
そしてその駒を目的の場所に置こうとした瞬間、

――がっしゃぁぁああん

……もの凄い、音がした。
驚いて音のした方に目を向ければ、そこには割れた窓ガラス。
床にはバラバラと破片が飛び散っている。
そしてもうひとつ。
「ねえエル、フクロウがいるよ、フクロウ!」
「見れば分かります」
はやや興奮したように、少年、エルの白いトレーナーの袖を引っ張ったが、彼は冷静にそう返した。
「エル、少しは驚こうよ。フクロウが強化ガラスを破って部屋の中に突っ込んできたんだよ?」
「クチバシに細工でもしてあるんじゃないですか?」
エルはそう返すと、座っていた椅子から立ち上がった。
窓ガラスにぶつかった瞬間の衝撃のせいか、ぐるぐると目を回しながら床の上で羽をばたつかせているフクロウに、エルは近付く。
すると、その傍に2通の封筒が落ちていることに気付いた。
拾い上げてみれば、片方は自分宛。そしてもう片方は宛。
「エル、それなに?」
それを目ざとく発見したは、エルの背中に声を掛けた。
その声に反応して、エルがくるりとの方に振り返る。
「私たち宛のようですよ」
エルはに近寄り、封筒の片方をに差し出した。
「……ホグワーツ魔法魔術校?」





「先程大きな音がしましたが、エルもも無事ですか!?」
その老人、キルシュワイミーは酷く慌てたように叫びながら、部屋のドアを開いた。
「あ、おじいちゃん」
「……無事のようですね」
のそののんびりとした声を聞いただけで、問題がないことを察した老人はほっと胸を撫で下ろす。
は椅子に座ったまま、足をぶらぶらと揺らして紅茶をすすっていた。
お行儀が悪いですよ、と老人が注意すれば、彼女はぴたりと動きを止める。
最初に返事こそしなかったものの、そのふたりのやりとりが終わるのを確認したエルはさっそく切り出した。
「ワイミーさん、この手紙に心当たりはありませんか?」
「おや、それは……」
エルが自分宛の手紙をキルシュに差し出せば、キルシュはそれを眺めてなにかに気付いたような声をあげた。
「ああ、ふたりとももうそんな年齢なんですね」
まるで実の孫の成長を喜ぶようなその穏やかな微笑みに(に関してだけいえば実の孫に違いないのだけど)、エルとは揃って不思議そうな顔をした。
互いに顔を見合せて、にいたっては首まで傾げている。
「ワイミーさん、どういうことですか?」
エルが率直に尋ねる。
オホン、と軽い咳払いをして、キルシュは口を開いた。
「手紙の中身は、ご覧になられましたかな?」
「ええ、ですがどう考えてもイタズラとしか……」
訝しむ様子で答えたエルに、キルシュはうんうんとひとり納得したように頷く。
「それは正真正銘、魔法学校からの入学許可証ですよ」
「なに?」
「おじいちゃん、わたしたちもう11歳だよ」
明らかに疑う目付きでキルシュを見やったエルに、暗にそんなものは信じていないと伝える
キルシュはホッホッホッと朗らかに笑って、の頭を撫でた。
、この私があなたに嘘を吐いたことがありましたかな?」
「ないけど……」
「……私に対してはありますよね」
あえてのことしか名指ししなかったキルシュを、エルが半眼で見つめる。
キルシュはエルに返事をせず、先程受け取った封筒の中からそっと手紙を取り出した。
「さて、入学するにあたって必要なものを揃えないといけませんね」
「え、おじいちゃん本気なの!?」
「とてもじゃありませんが、正気の沙汰とは思えません」
ふたりして目をまんまるくさせている子供たちに、キルシュはどこか悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ふたりとも、ダイアゴン横丁へ行けば信じらざるを得なくなりますよ」
嘘か本当か判断するのはそれからでも遅くありません。
キルシュはそういうと、エルの横を通り抜けて、床で目を回しているフクロウをそっと抱き上げた。





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20090303