安室さんと映画デートの約束を取り付けた翌日、わたしはデートに必要な品々を揃えるためにショッピングに繰り出していた。アメリカから持ち込んだ私物は必要最低限。スーツケースの中身の大半は大好きな弟と弟が普段お世話になっている人たちへのお土産だ。実家に残してある服やアクセサリーもたくさんあるけれど、カフェのオシャレなイケメン店員とデートをするにはいささか心許ない。ファッションにはその時々の流行というものがあるのだ。デートの約束の日までにはまだ1週間ほどある。日本に帰省するにあたってパパから「好きに使いなさい」と渡された家族カードもあることだし、資金の心配もない。己の姿を最大限美しく見せるために妥協するつもりはなかった。



モンスターシスター工藤




 駅から外に出て歩いていると、待ち合わせ場所によく利用されるモニュメントの前で安室さんによく似たスーツの男が若い女の子たちに絡まれているのを見つけて、わたしは思わずその光景を2度見した。
「あむぴスーツ姿でどうしたの就活!?」
「えー! あむぴポアロ辞めちゃやだ〜〜!」
「……人違いじゃないか?」
「え〜〜っ、うちらがあむぴのこと見間違えるわけないじゃーん! あむぴみたいなイケメンそうそういないって!」
 やっぱり安室さんなのか。女の子たちの方はこの時間に私服姿でフラフラしているところから考えておそらく女子大生かあるいは創立記念かなにかで休みの女子高生だろう。日本ではまだ夏休みの時期に入っていないはずだ。
「ねぇあむぴひとりなの? 就活のことはマスターには黙っててあげるから一緒に遊ぼうよ!」
 スーツ姿ということはそれこそ公安の仕事の最中なのだろう。知らないとはいえ公安警察を脅迫とは恐ろしい女の子たちだ。他人のこととはいえ見ていられなくなって、わたしは彼らに近付いた。
「あーむぴ」
 最大限可愛らしい、甘えるような声で女の子たちと同じように名前を呼び、彼の腕に自分の腕を絡めた。この男は自分のものだと主張するように、すり、彼の方に身体を寄せて密着する。
「待ち合わせよりずいぶん早く来てたんだね。そんなにわたしに会いたかったの?」
 驚いてこちらを見る安室さんににっこりと微笑んで小首を傾げた。わたしたちの待ち合わせは1週間も先だし、なんなら待ち合わせ場所もここではない。
「…………ああ。君に会うのが待ちきれなくて」
 けれど、頭の回転の早い安室さんはわたしの意図を汲んでくれたようだった。まるで女の子たちに見せつけるように、甘やかな視線をこちらに向けてくる。
「ふふ、わたしも」
 じっとお互いに見つめ合い、わたしたちは完全にふたりの世界。うーん、やっぱりパパと新一の次に顔がいいな安室透。長時間直視するに耐えうる顔立ちだ。たっぷり数十秒見つめあってから、わたしはさも今気付いたかのように女の子たちの方へと顔向けた。
「……あら? 彼女たちは?」
 ぼぅっとこちらを見ていた女の子たちがはっとしたような顔をする。
「ああ、彼女たちは、」
「あっ、あたしたちちょっと道に迷っちゃって!」
「そうそう! 道教えてもらってたんですけどもう大丈夫です!」
 答えかけた安室さんの台詞を遮って女の子たちはまくし立てた。わたしのような美少女が相手じゃ分が悪いと踏んだのだろう。慌てて去っていく女の子たちの背中を見送りながら、わたしは勝利に微笑む。ポアロの常連が2人ほど減ったかもしれないが、このくらいの犠牲は許していただこう。
「……行ったみたいね」
 わたしは安室さんに絡めていた腕をぱっと離した。拍子抜けしたような安室さんがこちらを見る。いや、わたしも暇じゃないんですよ。来週のあなたとのデートに備えなきゃいけないんで。あ、それと今日はデート仕様じゃないのであんまりまじまじ見ないでください。おでかけ仕様だからまぁまぁかわいくはしてるけど!
「またね、あむぴ。就活頑張って!」
「ああ、うん……」
 色々と突っ込まれる前にわたしはひらひらと手を振り、そそくさと退散することにした。安室さんお仕事中みたいだしね。
「……ふむ」
 ……去っていくわたしの後ろ姿を、安室さんが顎に手をあてて考え込むように見送っていたなんて、このときのわたしは知るよしもなかった。



 デート当日。別段コナンくんの妨害もなく、わたしはつつがなく安室さんとのデートの待ち合わせ場所にたどり着いた。
さん! こんにちは。ああ、来てくれて良かった……!」
「なんで? 約束したし来るよ?」
 大げさなくらいにほっとした様子の安室さんにわたしは首を傾げる。
「ほら、映画のお誘い、誘う理由としてはちょっと白々しかったかなって」
「白々しい?」
「はは、都合よく映画のペアチケットなんておかしいと思いませんでした?」
「ええっ!?」
 いや、たしかに思ったけど! それ、今ここで言っちゃうの!?
「ふふ、すみません。どうしてもさんとデートがしたくて。……今日の服装、とてもかわいいですね、似合ってます。髪型もすごく凝ってて……僕のためにお洒落してくれたんですね。嬉しいな」
 かーーっ! あざとい! どこまであざとければ気が済むんだ安室透! 映画のペアチケットの件のネタばらしにストレートな好意の表現、そして褒め攻撃。あざとい通り越してちょっと怖いぞ!?
「あむぴも、えっと、その、カッコイイよ?」
 わたしは少し照れた初々しい様子で言った。素材のよさそうなアイボリーのVネックに高身長と脚の長さが映える黒のパンツ、柔らかいカフェオレ色のジャケット。シンプルながら着ている彼の顔のよさをしっかり引き立てている。
 安室さんは「ありがとうございます」と微笑んで、ナチュラルに手を差し出してきた。おずおずと自分の手を重ねてみせたわたしに彼は笑みを深くする。
「じゃあ、行きましょうか」



 安室さんのエスコートはとてもスマートだった。予定通りに映画の鑑賞から始まって、お洒落なイタリアンでのランチ。可愛らしい雑貨店やセンスの良いアクセサリーショップを冷やかしてからカフェで休憩し、その後は大きめの書店でお互いに好きな本をおすすめし合った。ちなみにどの店でも彼は奢ってくれたけれど、それだってお洒落でありながらリーズナブルな店が選ばれておりこちらを恐縮させないという完璧っぷりである。トークも様々な知識があり話題が豊富でこちらを退屈させない。質問をすればとても分かりやすい説明が返ってくる。彼の事情をあらかじめコナンくんから聞いていなかったら、なんでこれでカフェの店員なんかやってるんだ? と突っ込んでいたに違いない。ちなみにデート中、先日安室さんがスーツでいたときの話題は一切出てこなかった。あれ、無かったことにした方がいいんだろうな……。
 夕食はわたしが未成年なのもあり少し早めに店が予約されていた。そしてわたしはそこで衝撃的な告白を受ける。……あ、いや、衝撃的に告白される? とにかく、そこで安室さんから愛の告白を受けてしまったのである。



さん、僕の恋人になっていただけませんか……?」
「はい?」
 レンゲを持つ手から力が抜けて、あやうくデザートの杏仁豆腐がレンゲごと器の中に落ちそうになる。しかしすぐにぐっと力を入れたのでなんとか落下を免れることができた。わたしはレンゲをレンゲ置きの上に置いた。これ、食べながら聞いていい話じゃない。ちなみに夕飯は夜でも飲茶も楽しむことができる店の中華。エビの水餃子が特においしかった……。
「一目見たときから貴女に心惹かれていました。今日一日一緒に過ごして、この気持ちはますます大きなものになった。さん、あなたを誰にも渡したくないんです……!」
 いやん、一目惚れだなんて美少女も大変よね、などと言っている場合ではない。これはまずいことになったぞ。
「え、あ、あの、でも、わたしたち出会ったばっかりだし……」
 こんな早い展開想定になかった。タンマタンマ! いい大人が女子高生を口説くんじゃない! あ、こら、手を握らない! 夜景が見えるカウンター席。横並びに座っていた安室さんに指と指を絡めあうように握り締められてヒィとなる。やばい、これ絶対新一にバレたら絶対怒られるやつ! あ〜〜もう、これだから年上の同族の男は苦手なんだ。こちらより経験値が高い分、容易に自分のペースにこちらを巻き込んでくる。
「ねぇ、僕に少しでもチャンスがあるなら"うん"って言って……?」
 うーーーーーーーーん。
「ほんの少しも見込みがないなら、今ここできっぱりと断って。付きまとったりはしないから」
 つまり、ここで断ればこれっきりだと言いたいのか。俯くフリをしながらわたしは考え込んだ。本当ならゆっくりじわじわと攻め落としこちらの味方になってもらうつもりだったが、向こうは向こうで企みがあるようだ。工藤新一の姉であるわたしに見出している価値は何なのだろう。おそらくあの子の情報だけではない。でも、察するに、ここでノーと答えたらきっと本当にわたしに関わってこなくなるくらいには代替の利く価値なのだ。しかし、わたしは他でもない、安室透の協力がほしい。……であれば、わたしの出せる答えは決まっていた。
「わたし、まだちゃんとあむぴのこと好きか分からないよ?」
 顔を上げ、揺れる瞳でじっと安室さんのこと見つめる。
「大丈夫、きっと僕に夢中にさせてみせるよ」
 なにそれ怖い。……いや、わたしも頑張らなきゃ。わたしに夢中にさせてちゃんと味方になってもらわなきゃ。
「ねぇ……今の質問は僕とのお付き合いを了承してくれるととっても?」
 耳元で囁いてくる安室さんに、頬を桃色に染めながらわたしはこっくりと頷いてみせた。あーもうどうにでもなーれ!



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2018.5.19