モンスターシスター工藤
久しぶりに大好きな双子の弟に会おうと夏休みを使って日本に帰ってきたら、金髪の浅黒いイケメンカフェ店員にナンパされた。
「失礼、僕たちどこかで会ったことありませんか?」
わー、すごい顔が良い。パパと新一の次にだけど! まだ口を付けていないアイスコーヒーのストローをぐるぐると回しながら、わたしは「えー?」と首を傾げてみせる。こんなイケメン過去に会っていたら忘れるわけがない。向こうだってわたしのような美少女に会ったら覚えていないわけがないだろう。なにせわたしの容姿は母親の工藤有希子の若かりし頃にそっくりなのだ。つまり、これは間違いなくナンパである。
「夢の中でとか?」
「あはは」
わたしの答えにイケメンが笑う。うん、笑顔もかわいい、合格。ここのカフェの店員であることもはっきりしていることだし、わたしはイケメンのナンパに乗ってみることにした。
「お兄さん最近入ったひと?」
前に日本に来たときには見かけなかった店員だ。
「安室透といいます。この喫茶店の2階にある毛利探偵事務所で毛利先生の弟子をさせていただきながら、ここでアルバイトをしています」
「えー!? コゴさんの!? なんでまた!?」
「毛利先生は高名な探偵ですから」
「あーそっかぁ……そうだよねぇ……」
確かに眠りの小五郎は有名だもんねぇ。まぁほぼ全部わたしの弟の手柄なんだけど。
「あ、じゃあコナンくんや蘭とも知り合いってこと?」
「はい。良くしていただいてます。お嬢さんも皆さんとお知り合いなんですか?」
「蘭とは幼馴染なの」
江戸川コナンは本名を工藤新一というわたしの実の弟だがさすがにそれは教えられない。
「そうだったんですか。そうだ、お嬢さんのお名前を伺っても?」
「工藤です」
「工藤……? えっ、蘭さんの幼馴染で工藤っていうことは、もしかして工藤新一の、」
「姉です」
「妹だよね!」
ドヤ顔で頷いた瞬間、かわいい声で訂正が入った。いや、わたしが姉だって。声のした方を向くと、ランドセルを背負ったコナンくんが立っていた。どうやら学校帰りにそのままポアロに寄ってくれたようだ。
「「コナンくん!」」
わたしと安室さんの声が揃う。
「わー! コナンくんおかえり! それに久しぶり!」
「うん、ただいま! それと安室さんこんにちは!」
明るく挨拶をしてくれるコナンくん。元の姿のときならともかく、このかわいらしさで兄を名乗るのは無理があると思う。
「いらっしゃい、コナン君。……ああ、そうか。工藤新一のお姉さんということは、さんはコナン君とも親戚なんだね」
「まあ、そゆことです」
なんか安室さんってやけに新一の名前を強調するなぁ。コゴさんに弟子入りするくらいだからもしかして探偵(推理)オタクなのかもしれない。身近にもそういう人物を知っている。わたしはちらりとコナンくんの方を見遣った。コナンくんの方もこちらを見ていたらしく目が合う。この辺りは二卵性といえどさすが双子といった感じだ。アイコンタクトを交わすわたしたちをよそに、安室はそわそわとしだした。
「あの、僕、実は工藤新一の大ファンで」
安室さんが言った瞬間、コナンくんが「げっ!」という顔で安室さんの方を見た。幸いコナンくんに背を向けている安室さんは気づかなかったようである。弟のファンの存在は姉としてとても嬉しいけれど、わたしは出来るお姉ちゃんなので弟の意図を汲むことにした。
「新一ねぇ……あの子今どこでなにしてるのかしら」
時々蘭には連絡があるみたいなんだけど、わたしには全然連絡くれないのよねぇ。片方の手のひらを頬にあてて「はぁ」と物憂げにため息を吐いてみせる。伝説の大女優であった母親、工藤有希子直伝の演技なのでおそらく様になっているはずだ。
「さん」
「……なぁに?」
頬にあてていた手を安室さんに取られて両手でぎゅっと握られる。……すごいな、この人。女性の手なんて自分によほどイケてる自信がなければ握れないぞ。なんだ、この男わたしと同族なのか。わたしは妙に冷静になった。残念ながら年上の同族とは相性が悪い。撤退だ、撤退。
「僕も探偵の端くれです。貴女の憂いを晴らすために、彼を探すお手伝いをさせていただけませんか?」
「安室さん……」
……あの、後ろにいるコナンくんが腕全体で大きくバッテンを作ってるんですけど……。仕方がないので、わたしはうっとりとしているような眼差しで安室さんを見つめてその場を濁した。
……が。それから数日、気が付いたらイケメンカフェ店員とLINEのIDを交換していた。
と弟に伝えたら弟が激おこぷんぷん丸になった。
「は!? オメーなにやってんだよ」
「いや、イケメンエリートのラインとかすごく欲しくない? わたしは欲しい」
「欲しくねーよ!」
「あ、そう?」
だってこの人イケメンな上に公安警察の超エリート様なんでしょ? 手に入れられるコネクションとしては最高じゃない? わたしは密かに権力者とのコネクションコレクターでもあるのだ。日本・米国双方のメディア関係者とか老舗ファッションブランドのCEOとか政治界大物……の息子とか。パパとママについて回っているとわりと色々なコネクションが手に入る。
わたしがのんびりとそんなことを考えている一方、コナンくんは既読のまま一度も返事をしていないわたしと安室さんのLINEのトーク画面を見つめて頭を抱えていた。
"登録ありがとう"
"よろしくね!"
そして最後にかわいいウェイター姿の猫ちゃんがぺこりとお辞儀をしているスタンプ。
「どうすんだよコレ……」
「えー? こっちからもよろしくってスタンプ送っておけばよくない? えい」
こちらからはもっちりとしたペンギンがよろしくねしているスタンプを返した。……それにしても猫ちゃんスタンプとはあざとい男だな、安室透。ちゃっかりウェイター姿で自分を重ねてきてるし。
「はあ……胃が痛ぇ……」
「新一は心配性だなぁ」
「オイオイ分かってんのか? 相手は敏腕の公安警察なんだぞ? しかも黒の組織の一員として工藤新一の情報を欲しがってる!」
「LINEでセンシティブな話なんかしないって」
某国に情報全部流れてるらしいし。仲の良い友人とだってLINEで重要な情報のやりとりはしていないんだぞ。パパの新作の話などトップシークレットである。
……それに、わたしは思うのだ。安室さんは関わり方によっては新一の強い味方になってくれるんじゃないかって。普段新一は日本でひとりだ。蘭の家に江戸川コナンとして世話にはなっているけれど、万が一のことがあったとき、工藤新一の事情を知らない彼らのことは頼ることができない。わたしも今はこうして新と一緒にいてなにかあれば協力できるけれど、夏休みが終わればわたしはアメリカに帰らなければならないのだ。……彼には彼の事情を知る強い味方が必要である。それこそ、国を動かせるほど大きな権力を持った味方が。
「大丈夫大丈夫、お姉ちゃんに全部まかせなさいって!」
「妹な!」
「……あ、LINEの返信きた」
「なんだって!?」
"ところで映画はお好きですか?"
"実は知り合いからペアチケットを頂いたんですけど、一緒に行く相手がいなくて"
"(>_<)"
「……あざとい」
「あざといな……」
ふたりでわたしのスマホの画面を覗き込みながら頷き合った。安室さんが誘えば一緒に映画に行きたい女性なんか掃いて捨てるほどいるだろう。なんだったら自分がお金を出すから一緒に行きたいという女性だっているに違いない。
「おい、分かってると思うが」
「はいはい。断れって言うんでしょ」
……まぁ、行くけどね。虎穴に入らずんば虎子を得ず。わたしは安室さんとのコネクションが欲しい。新一の味方になってくれるかもしれない、強力なカードだ。
「あからさまに断るのもなにだから既読スルーしよ……」
白けた顔でそう呟いてみせて、わたしはスマホの画面を消した。
……コナンくんが胡乱な目でこちらを見ていたが無視だ無視。疑ってはいるようだけど、平日学校がある君にはどうせ止められまい。