モンスターシスター工藤




 麻薬取り引きをを行なっていた大元こそが妻を殺した犯人だと思い込んでいた雪之丞正孝は、妻の死が自殺だと断定されたその日から組織への復讐の機会を狙っていたらしい。ミステリーパーティーを企画し、招待状を自分の顧客とミステリーパーティーをクリアしてくれそうな人物に手当たり次第送り、真実をつまびらかにしてくれる人物が現れることを期待していたのだとか。パーティーの存在を知った警察から研修として警察官を何人か参加させてほしいという話があったときは二つ返事で頷いたという話だ。初めから自分は自殺する気の捨て身の犯行であったのだから納得である。妻の部屋を会場内に再現したのは、事件を解決できるような人間であればもしかしたらその部屋の様子を見てパスワードを当てられるかもしれないと思ったから。自殺に失敗したことを除けば全てが彼の思い通りになった事件であった。
 あれからしばらく安室さんはポアロのバイトに現れなかった。実際に自分が事件に巻き込まれたこと、それから暴力団が関わっていたことで公安としても事件の処理に駆り出されているらしい。雪之丞正孝の提供したデータには有名人一般人含めて100人以上もの名前が連ねられており、大捕物となって警察は連日大忙しである。それに合わせてマスコミも好き勝手に騒ぎたて、世間は一時その話題でもちきりとなったが、他に大きな事件が起きると人々は徐々にその話題から関心を失っていった。



 さて、それからしばし時は流れて。わたしは自宅の門の前でスーツケースと共に立っていた。パパとママの待つアメリカに帰るのである。平日の早朝にも関わらず、見送りにはコナンくんと博士と蘭と園子、そしてなんと安室さんが来てくれていた。わたし以外のメンバーは少し驚いたように安室さん見ている。なんで昔からの知り合いでもないこの人が来てるんだ? という視線を安室さんはまったく意に介した様子もなくにこにこと微笑んでいた。
「僕はこの後彼女を空港まで送っていくという役目があるので」
 抜けている博士と素直な蘭と園子は「なるほど〜」と頷いたが、コナンくんだけは胡乱げな眼差しでこちらを見ている。なんでよりにもよってこの人が送っていくんだよポアロでもしばらく顔を見かけないくらい忙しくしているはずなのに、といったところか。しかしいちいちそんな視線に負けていたら工藤新一の姉なんてやっていられないので、わたしは笑顔をキープしたまま「あむぴありがと〜〜」とコナンくんの視線をスルーした。
「みんな朝早いのに見送りに来てくれてありがとう! また遊ぼうね!」
 安室さんと会わない日は蘭が一緒にショッピングに行ってくれたり園子がクルージングに誘ってくれたりととても充実した日々を過ごせた。なんだかんだコナンくんもたくさん構ってくれたし博士はミラクル美容グッズを作ってくれたし今年も素晴らしい夏だった。
 感謝の気持ちとしてみんなの頬にチュッチュとさよならのキスを送ると、アメリカンねぇ〜なんて苦笑いが起きる。しかしもう毎度のことなのでみんなの反応はあっさりしたものだった。……安室さんを除いては。
「僕にはキスしてくれないんですか?」
 一人だけキスから仲間外れにされた安室さんが放った台詞に、コナンくんはギョッとしたようだった。目をひん剥きながら安室さんの方を見遣るコナンくんをよそに、わたしは両手の人差し指でバッテンを作って答えた。
「え〜〜、あむぴは"男の人"だからダメ〜〜」
 実際彼とは頬どころか口にキスしたこともあるし、彼ピッピとのキス自体にためらう要素はまったくないのだが、わたしはこのお付き合いを誰にも報告していないので人前でのキスはNGなのである。特にコナンくんが見てるところで安室さんにキスなんかしようものならどうなるのか考えただけでも恐ろしい。博士が「ワシは男とカウントされてなかったのか」としょんぼりしていたが当たり前である。年齢を考えてほしい。
「そうですか。残念だけど、さんに男だと意識してもらえてるっていうのは朗報かな?」
 わたしが安室さんとのお付き合いを誰にも教えていないことは彼も知っているはずだし、彼自身わざわざ言いふらすようなタイプでもなかったはずなのだがこんなギリギリの発言をしてきた意図はどこにあるのだろう?
 内心首を傾げるが、深く考えるより前にコナンくんが声を上げた。
「安室さんポジティブだねぇ! でも、三十路のいい大人が女子高生に手を出すのは僕、どうか思うな〜〜?」
「僕はまだ20代なんだけど?」
 かわいい顔でグイグイと安室さんの痛いところを突いていくコナンくんに、安室さんも笑顔で応戦する。なにやってるのこのふたり。
「ギリギリ、が付くけどね!」
「あははははは」
「えへへへへへ」
 笑顔と笑顔がぶつかっている。こらこらこら、吹き抜けるブリザードに博士と女子高生たち怯えてるじゃないの。わたしは仕方ないなぁと思いながら胸の前で両手を組み、渾身の演技を繰り出した。
「やだぁ、ふたりともわたしのために争わないでっ」
 困っちゃう、と両目をつむると、安室さんとコナンくんは同時に動きを止めた。そして、はぁ〜〜と深い息を吐いたかと思うと、そろって呆れた視線をこちらに向けてくる。……なによ、息ピッタリなんじゃない。



 喫茶店アルバイターであるはずの安室さんが所持していることに誰も突っ込まないスポーツカーに乗せられて、わたしは無事に空港までやってきた。途中変な事件に巻き込まれなくてよかったぁ。小さく呟いたら「僕だってそうしょっちゅう事件に巻き込まれてるわけじゃないんですよ」とムッとした声が返ってくる。あらぁ、地獄耳〜〜。しかし本気で怒っているわけではないらしく、安室さんはそうするのがさも当然であるようにわたしの荷物を持つと、チェックインカウンターの荷物を預けるところまで運んでくれた。あとは手荷物検査をと出国審査だが、手荷物検査のゲートは搭乗者しか通れない。つまりここでお別れというわけだ。
さん」
「なぁに?」
 簡単に別れの挨拶を済ませてさあ手荷物検査に行こうとしたところで呼び止められる。
「なにか忘れていませんか?」
「なにか?」
 きょとんと首を傾げたわたしに、安室さんはちょんちょんと人差し指で己の口元を指した。
「ええ? しょうがないなぁ」
 そんなにかわいい彼女とキスできなかったのが惜しかったのかな? わたしはノコノコと安室さんに近付いて、気軽にちゅっとキスを贈る。その瞬間のことだった。
「え、」
 素早く背中に安室さんの手が回されて、引き寄せられた。思わず仰け反った頭に背中に回したのとは逆の手が添えられて、わたしたちの距離はゼロになる。気がつくと再びわたしと安室さんの唇はくっ付いていた。
「んっ……ぁ……ふ、」
 上の唇と舌の唇の間をなぞるように舌先で舐められて、思わず口が開く。その隙間から差し込まれた安室さんの舌が歯列のスイートスポットを丁寧に撫でていく感覚の甘さにぞくぞくと鳥肌が立った。え、なにこれ気持ちいー……。うっとりとキスに酔いしれるわたしの様子をちらりと確認してから、安室さんはわたしの舌に自分の舌を絡めてくる。少しだけザラついた感覚に、自分とは違う温度。その全てが快楽へと変換され、わたしはふらりとよろめいた。
「おっと」
 そんなわたしを難なく支えてくれた安室さん。思ったよりも涼しい顔をしている彼に、わたしは自分の身に起きたことがよく分からず目を白黒とさせた。
「???」
 そんなわたしをみて安室さんがくすりと笑う。
「あんまり大人をからかうと怖いんだよ? お嬢さん」
 ぼんやりとその整った顔立ちを眺めて、わたしはゆっくり状況を整理する。あー……安室さんとちゅーしたのかぁ……。……えっ、安室さんキスうっっっっっま!?
「ねぇさん、僕にお願いごとがあったんじゃないの?」
 そう安室さんは甘くささやいてくるが、わたしの頭の中はいまだぽわぽわしていた。だから、わたしは大して深く考えず頭に浮かんだお願いごとをそのままぼんやりと呟く。
「……もーいっかいちゅーしてぇ?」
「ンンッ。……いや、そういうことじゃなくて」
 なんだ。違うのか。それにしても麻薬のようなキスだった……いや、わたし麻薬やったことないけど。あの事件の後じゃ洒落にならない。
「君にはいろいろ頑張ってもらったからね。ご褒美をあげるよ」
 にっこりと笑う安室さんの腹は読めない。言葉通りにご褒美をくれるだけのような気もするし、こちらの腹を探っているような気もする。わたしはうーんと唸った。
「ご褒美……お願いごとねぇ……あるにはあったんだけど」
「だけど?」
「あえてお願いしなくても叶えてもらえそうだなぁって」
 今度は安室さんの方が不思議そうな顔をした。……なんていうか、たぶん、お互い全てが空回っていたのだと思う。
「あのね。もし……もし、だよ? もし新一に会うことがあったら力になってあげてほしいの」
「……え?」
「ほら、わたしも両親も普段は日本にいないし、新一に何かあってもすぐに駆けつけられないじゃない? あの子は優秀だし、なんでもひとりで解決しようとするようなところがあるけど、本当ならわたしたち家族とまだ一緒に暮らしてても全然おかしくないんだよね」
さん……」
 少ししんみりとしてしまったわたしに安室さんが気遣わしげな表情をする。わたしはその空気を払うように笑ってみせた。
「だから、知ってる大人が新一の味方になってくれたらすごく嬉しいなって。あむぴはわたしが知りうる限り日本で一番頼りになる大人だし」
さん……!」
 今度はなんだか感極まった様子の安室さん。……事前にコナンくんから安室さんが日本大好き人間だと聞いたりしてないよ本当だよ! ちなみにパパとママはアメリカにいるし新一は大人じゃないのでノーカンだ。
「あの……もしかして、お願いってそれだけですか?」
 わたしは苦笑いした。
「……そうね、それだけ。まぁ、わたしからしたら結構重大なお願いだったんだけど、あむぴはきっと"それだけ?"って感じるくらい当たり前に叶える準備があったんだよね」
「それは……」
 言いかけて、しかし言葉を見つけられないでいる様子の安室さんにわたしは首を左右に振った。言えないことならば、わざわざ嘘を吐いてまで言葉にしてくれなくてもいいのだ。
「だからおねだりはとっておくの。とびっきりのを考えておくから覚悟しておいてね!」
 そう言ってウィンクしてみせると、安室さんはようやく気が抜けたように笑う。
「……はは。お手柔らかに頼むよ……」
 そして今度こそハグとお別れの軽いキスをしてわたしは手を振りあった。
「またね! ダーリン! 次はクリスマス休暇に帰ってくるね〜〜」



「あーあ。これは僕の負けかな……」
 そう呟いたのは、恋人をその背中が見えなくなるまで見送り、金色の髪を掻き上げ苦笑いする褐色肌の顔の良い男だった。



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2018.6.30