このまま死ねば、彼女と同じ世界に行けるだろうか。
いや、彼女がいるとしたら天国で、自分は決してそちらには行けないだろうから無理か。
それでも、いいかもしれない。
彼女は、自分の顔など見たくも無いだろうから。
うすぼんやりとした意識の中、傷で痛む腹を押さえながら、双識は思った。
彼女は、痛かっただろうか。
なるべく楽なようにしたつもりだけれど、人間というのは首を切断しても数十秒は意識があるらしい。
そのわずかな時間で、彼女はいったい何を思ったのだろう。
「双識」
ああ、彼女の声の幻聴まで聞こえる。
私はそれほど彼女を……。
「双識! しっかりしなさい!」
、ちゃん…………?」
今度こそはっきりと聞こえた彼女の声に、双識は目を見開いた。





出張人形師





ちゃん、なんでこんなと」
「何者だ」
なんでこんなところにいるんだ、という双識の台詞は、の背後からかけられた声によって打ち消された。
双識の横に膝をついていたは立ち上がり、声のした方を振り向く。
「名乗るほどの者じゃ、ありませんわ」
完璧な笑みだった。
と対峙していた男、刃渡はそんなの様子を見て顔を顰める。
「その男の仲間か」
「いいえ。仲間じゃありませんし、零崎でもありませんよ」
今度は刃渡の質問にきちんと答える。
彼女の答えに一番驚いたのは、双識だった。
(零崎を、知っている………!?)
人形のに会うのはこれで二度目だが、前回の時点で彼女は零崎を知らなかったはずだ。
保護者である人類最強に教えられたのか?
それとも……、
「ならば何故、その男を庇う?」
「うーん、そこには山よりも高くて海よりも深い事情があるわけなんですが……そうですねぇ。簡単に説明すると、世の中には死ぬよりも辛いことがあるから、でしょうか」
「つまり、その男に恨みがあると?」
「ええ。まあそんなところです」
あっさりと、は答えた。
穏やかそうに見えて、一番厄介な復讐方法を考えているようだ。
しかし、自分は何か彼女に恨まれるようなことをしただろうか?
双識は考える。
“彼女”とは一度しか会ったことはないはず。
そのとき、自分は彼女を怒らせるようなことはしなかったはずだ。
もし、自分がに恨まれる理由があるとすればそれは、
と、そこまで考えて双識は首を振った。
(そんなこと、あるはずがない。彼女はあのとき、確かに私が……)
しかし、どこかでボタンを掛け違えている気がする。
自分は、何か重要なことに気付いていない。
「死、で妥協する気はないのか」
「ありませんね。なにがなんでも助けて、生き地獄を味わっていただきます」
刃渡の問い掛けに、は首を振って答えた。
双識を殺そうとする刃渡と、生かそうとする
どう考えたって前者のほうが悪人であるはずなのに、の方がより極悪に思えるのだから不思議だ。
「そうか」
刃渡は無表情に頷くと、太刀を構えた。
「おまえに恨みはない。寧ろ、その男を恨むという意味では仲間だとさえ思っている。だがしかし、邪魔をするのならお前も斬る」
「物騒ですねぇ」
が怯んだ様子はなかった。
むしろ、余裕とさえ見える笑みを、彼女は浮かべている。
双識は、ただ黙ってその様子を見ているしかなかった。
(“彼女”は、なんなんだ……?)
あの“”の人形にしては、どこかおかしい。
人形師は死んだ人間の人形を作る場合、限りなく本物に近く人形を作るという。
それには、一つの例外もない。
ならば“彼女”は、一体“誰”なんだ?
ざ、と刃渡が動いた。
刀を持つ彼の眼は、確実にを捉えている。
!」
確かな殺気を感じた瞬間、双識は叫んでいた。
彼女が誰であれ、目の前で“”が死ぬ姿を見るのは二度とごめんだ。
ほとんど無意識に、双識はを庇おうと動いた。
だが、腹部の痛みによってそれは断念される。
刀の切っ先がに届こうとした。
瞬間、

――キィン!

響いたのは、刃物が肉を切り裂く音ではなく、金属同士のぶつかり合う音。
は大きなハサミで刀を受けとめていた。
(ん? ハサミ……?)
双識ははっと片手で自分の懐を探った。
「……いつの間に」
自殺志願が、ない。
双識は驚愕した。
あの勢いとスピードの刀をが受けとめるなんて。
自分に気付かれず、自殺志願を抜き取るなんて。
そんなこと。
「わたしが、」
が、ぽつりと呟いた。
「他でもない、人形師たるこのわたしが、」
はハサミの刃を閉じたまま、まるで剣でも扱うかのように刃渡の刀を薙いだ。
「殺人鬼や殺し屋ごときに殺されるはず、ないでしょう?」
「!」
彼女の声は、酷く冷たかった。






20080411