わたしは、人形師と呼ばれている。
何がきっかけでこんなことができるようになったかなんて、覚えていない。
零崎一賊のように、潜在的にとでもいえばいいのだろうか。
(彼らのことを例に出すのはかなり嫌なんだけど)
ただわたしは生まれながらの人形師で、きっと死ぬときもそうなのだと思う。
最初から最後まで、彼がその事実を知ることはなかったけど。





人形師と人形





「惟苑(ゆいえん)」
呼ばれて、青年は振り向いた。
「今日の依頼は?」
「ありませんよ」
惟苑が答えれば、聞いた本人はあからさまに安堵の息を吐いた。
依頼が来るのが嫌なら、たまには休みの日をつくればいいのに。
思うが、それを彼女に言うような不粋な真似はしない。
話を変えるべく、惟苑は口を開いた。
「そういえば、この前の依頼はどうなさったんですか?」
「ん? どの話?」
人形師は首を傾げた。
「ほら、さんの人形を作ってほしいとかいう」
言えば、彼女はものすごく嫌そうな顔をした。
どうも話を変える方向性を間違えたようである。
「作るわけ、ないでしょう」
声こそ穏やかだったが、そこには怒りが滲み出ていた。
「わたしの形をした人形が、あのひとにどう扱われるのか考えただけでぞっとするわよ」
はテーブルの上に乗っていた、大きな茶封筒に手を伸ばす。
それをそのままテーブルの上で無造作にひっくりかえせば、ばさばさと音をたてて、束になった書類と写真が1枚でてきた。
写真に写っているのは、1人の少女だった。
セーラー服を身に纏い、にこりと笑みを浮かべている。
その写真を眺めて、は溜息をひとつ。
それは紛れもなく、の高校時代の写真だった。
「自分の人形なんて、もう二度と作りたくない」
惟苑は苦笑した。
双識が自分のもとに、彼女の人形を作ってほしいと依頼してきたときは本当にどうしたものかと思ったものだ。
多くの人間は、惟苑のことを人形師だと思っている。
それは、顔を知られたくないが惟苑を介してしか人形を作らないからで。
人形師に作られた人形が人形師の名を語っているなどと思いつく人間は、いったいどれほどいるのか。
彼女の作る人形は、恐ろしいほどに精巧だ。
彼女の作った人形と、ふつうの人間をぱっと見分けられる人間などそうそういない。
双識だって、例には漏れず。
あの男は、が人形師だということも知らず、今だに自分自身がのことを殺したのだと思っている。
彼はただ、彼女によく似た人形を壊しただけだというのに。
「双識さんもお気の毒ですね」
「自業自得よ。それより、なに? あなたを作ったのはわたしだというのに、あのひとの肩を持つなんて」
さんが作ったからこそ、じゃないですか」
一瞬、人形師は言葉を失ったようだった。
ややあって、苦笑いを浮かべる。
「惟苑、あなたさらに人間らしくなってきたわよね」
その言葉に、おかげさまで、と惟苑は笑った。





「というわけで、その方の人形は作れませんので」
「……どういうわけだい?」
保留にしていた依頼の結果を聞きにやってきた双識は、唐突にそう告げられて首を傾げた。
「情報が足りません」
それらしいことを、惟苑は告げる。
「細かいところは、そっちで補ってもらっても構わない。だから、」
の人形を作ってほしい。
もう、3年も追い続けているのだ。
彼女の面影を。
彼女の声を。
情報が足りないというだけで、彼女を諦めることなんてできるものか。
「お引き取りください」
しかし、人形師を名乗る人形は笑顔で切り捨てた。
人形にとって、人形師の言葉は絶対。
惟苑にとって、の言葉は絶対なのだ。
たとえ、目の前の男がどんなに自分の主を想っているのか知っていたとしても。
彼が、どれほど後悔しているのか知っていたとしても。
「お願いだ、彼女の人形を……」
「お引き取りください」
それでも、惟苑が口にする言葉はひとつだけだった。






20070929