ちょきんっ。
自分が倒れていくのを、自分に似せて作った精巧な人形が紅く染まり倒れていくのを、わたしは遠くからぼんやりと見つめていた。
頭と体を切り離されてなお、それは人間らしかった。
さすが、わたしの作った人形。
今のわたしなんかより、ずっと人間に近いかもしれない。
彼女は、壊れる直前に確かに呟いた。
双識、と。
とても、とても、いとしそうな、かなしそうな声で。
ああ、わたしは、この世界には、もう、





人形師の偽装工作





の人形を作ってほしいという依頼をもらったときは、さすがにぎょっとした。
この世界から消えたはずの“わたし”を、しかも消した本人が望むなんて、気持ち悪さを通り越して笑える。
はその依頼を断った。
が依頼を断わることは、めったにない。
お金の折り合いさえつけば、はどんな人形でも作る。
人形製作の依頼を受けるのは、たいてい自分の作った精巧な人形の青年を介してだったし、そもそも人形師の命を狙おうとする輩なんてそんなにいないのだ。
人形師に人形を作ってほしいと頼む人の多くは子供のできない夫婦だったり、快楽を求める男だったり。
感謝こそされても、恨まれることなんてほとんどない。
それでもが今回の依頼を断ったのは、やはり気味が悪いからという他ないだろう。
あのとき、は消えた。
表舞台から、消えざるをえなかった。
は、関わりすぎたのだ。
あの男と。零崎双識と。
は静かに目を瞑った。





予感は、あった。
あれは3年前のこと。
「今回はまた、随分と本格的に作ってるなー」
おそらく、今まで作った人形の中で最も本物の人間の造りに近い人形。
それを見て、人類最強は感嘆の声をあげた。
彼女こそ、この世でが人形師だと知るただひとりの人間、哀川潤だった。
「ええ、そろそろまずそうなんで」
は製作中の人形に手を掛けたまま、そう返事をする。
「あたしがなんとかしてやろーか?」
「潤さんは、そのまま仕留めてしまうでしょう?」
溜息を吐きながら返せば、違いない、といって人類最強はからからと笑った。
彼女にかかれば、零崎双識を消すことも、それによって仇を討ちにきた一賊を壊滅させることも、簡単なことだろう。
そう、が目の前の人形を作らなかったとしたら、1番の解決策はやはりそれしかなくなってしまうのだ。
やられるまえに、やる。
たんは、それでいいのか?」
「仕方ないでしょう」
うんざりしたように人形師が言えば、人類最強は意地悪く笑った。
完成目前の人形。
それは並べばと瓜二つで、動きだせば双子にでも見えるだろうと思われた。
「恋する乙女だよなー。オネーサン妬いちゃう」
「ばかなこといわないで下さい。それにこれはもっとなにか、歪んだ感じのものですよ」
恋という言葉では純粋過ぎるし、愛と呼ぶにはなにか足りない。
あえて言葉を探すのなら、依存、とでもいえばいいだろうか。
そばにあるのが、当たり前になってしまった。
「潤さん」
「ん?」
「わたし、またひとりぼっちでしょうか」
「バカ。あたしがいるだろ」
嘘なんてどこにもない人類最強の言葉に、は微笑んだ。





「兄貴、家族と女、どっちが大事だ?」
かつて弟が言った台詞が、甦る。
なんと答えたかは覚えていない。
ただ、目に浮かぶのは首のない、愛しいひとの遺体。
あのときの色が、頭から離れない。
あのときの声が、頭から離れない。
自分が人を殺して、なにかを感じることなんてないはずなのに。
手を掛けたのは、確かに自分自身。
ナイフを持った弟を目の前に、他の人間に奪われるくらいなら自分で、と。

そうしき、

それでも、彼女の声は今でも鮮明に。






あれ? 潤さん夢ではない、はず……。
20070928