*11
「……何してるの」
「!?」
ヒソカさんとトランプで遊んでいると、突然頭上から声が聞こえたのでわたしはビクッと跳ね上がった。
恐る恐る顔を上に向けると、そこにはなにやら顔中に太い針のようなものを刺した男。
思わずあげそうになった悲鳴をなんとか呑み込んで、わたしはゆっくりと視線を正面に戻した。
「やぁ、イルミ.
現れた男に片手を上げて挨拶をするヒソカさん。.
どうやらふたりは知り合いのようだ。
「今はギタラクル」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん.
感情のこもらない声で言った男(イル……ギタラクルさん?)に、ヒソカさんは全く悪びれた様子なく謝罪の言葉を口にする。.
「全然悪いと思ってないだろ」
「アハハ.
ギタラクルさんもわたしと同じことを感じたらしく突っ込みを入れていたが、ヒソカさんはなんとも感じていないようだった。.
「まぁいいや。それで、何してるの」
「見たら分かるだろう? ババ抜きだよ、ババ抜き.
ギタラクルさんの質問に、ヒソカさんはヒラヒラとトランプを振りながら答える。.
「……2人で?」
「2人で。キミもやるかい?」
至極まっとうな疑問に、ヒソカさんもまたまじめな顔で答えた。
そこでまじめな顔になる必要はあったのか? という突っ込みを入れたくなったが、賢明なわたしは沈黙する。
だってこのひと、ヌメなんとか湿原……ヌメヌメ湿原? で物騒なことしてたピエロでしょ。
うっかり彼の気分を害してジエンドなんてほんと洒落にもならない。
ていうかわたしを挟んで会話するのもそろそろやめてほしいんですけどね。
もちろん口に出さないけどね、ハハ。
「やってもいいけど」
わたしがそんなことを考えている間にもギタラクルさんはそう答えると、さっさとわたしとヒソカさんの間に腰を下ろしてしまった。





*12
「ところでこの子だれ?」
質問はわたしがギタラクルさんの手札の中からカードを選んでいる最中に投げかけられた。
こてん、と首を傾げた仕草と彼の見た目があまりにもミスマッチで心の底から恐ろしい。
ちらほらと集まり始めた他の受験生たちはドン引きした様子でわたしたちを遠巻きに見ている。
ほんと誰か助けて……。
だよ.
「は、はじめまして……」.
簡潔に名前を紹介してくれたヒソカさんに促されるようにして、わたしは当たり障りのない挨拶をする。
永遠に存在をスルーしてくれていてもよかったのに。
「ものすごく弱そうなんだけど」
美味しくなさそうだの弱そうだのこの訳分からない場所に来てから失礼な物言いばかりされている。
しかし、わたしは普通の男の人とだって喧嘩して勝てるとは思えないのでその評価は正しい。
むしろ乙女として勝つべきではないと思うけど。
「うん、ものすごく弱い でもこの子はスゴイんだよ.
「ふぅん」.
褒めているんだか貶しているんだかよく分からないヒソカさんの物言いに、ギタラクルさんは興味なさそう相槌を打った。
変に興味を持たれても困るからまぁいいんだけど。
「この子がどうなるのか興味があるから殺さないでね.
「別にいいけど」.
不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫のようなにんまりとした笑みを浮かべたヒソカさんに、ギタラクルさんはあっさりと頷いた。
「よかったね、. 彼、キミのことは殺さないって約束してくれたよ
小さな子供に言い聞かせるかのように、わたしの頭を手の平で軽くポンポンとしながら言うヒソカさん。.
「は、はあ……ありがとうございます……?」
「うん」
首を傾げながらもお礼を言ったわたしに、ギタラクルさんは短く返事をした。





*13
森の中をうろうろと歩きながら、わたしはうーんと唸った。
「プレートを奪えって言われても……」
198と書かれたくじを握りしめて肩を落とす。
試験官だという男が現れた4次試験。
ようやく棄権してこの危険な試験からドロップアウトできると思った矢先、それを阻止したのはヒソカさんだった。
彼いわく、わたしの幸運さがどこまでのものなのか気になっているのだとか。
そう言われても、こんな危険な試験に参加することになっている時点で全く幸運じゃないと思うんだけど。
断れば本気で殺されそうな雰囲気に、あのときのわたしは頷く以外の術を持たなかった。
この試験は、試験会場に着いたときにもらった番号の振られたプレートを6点分集めるものである。
最初に自分がもらったプレートが3点、4次試験の最初に引いたくじと同じ番号のプレートが3点、その他のプレートは一様に1点である。
つまり、この試験に合格するためには自分のプレートを守りつつ、最低でもひとり分のプレートは奪わなくてはいけない。
だが、ここまで正攻法で試験を勝ち抜いてきた受験生たちにはどうやったって適う気がしなかった。
「はあ……どうしよ」
ヒソカさんには絶対棄権するなって釘を刺されてるし、だからって誰かからプレートを奪える気はしないし。
誰かからプレートを奪うどころか、自分のプレートを守りきれるかどうかだって怪しい。
抵抗する気はないから、プレートを寄こせっていわれたらあげるから、どうにか殺されるのだけは回避したい。
幸いなことに、これまで誰にも遭遇していないが……。
はあ、と再びため息を吐いた瞬間、
――ゴスッ
「いだっ!!!!!」
突然何かが後頭部に激突して、わたしは頭を押さえながらその場にしゃがみこんだ。
なに!? 襲撃!?
片手で頭を押さえたまま辺りをきょろきょろと見渡すと、なにかが足元に落ちていることに気付いた。
「え、なにこれ……プレート?」
手に取ってみると、そこには198と記されたプレート。
え、これ本物!? あっさりと6点になっちゃったんだけど、こんな幸運あっていいの!?
ヒソカさんが言うように、この幸運具合はちょっと異常かもしれない……。
これからどう行動するべきか悩んだが、これ以上森の奥に進んでしまうと遭難してしまうかもしれない。スタート地点に戻ろう。
4次試験が始まる前に時間を合わせた腕時計の短針を太陽の方向に向けて、方位を調べる。
短針と12時の位置のちょうど真ん中が南の方角だ。
森に入るときはひたすら北に進んできたから、今度は南に向かえばいい。
太陽が出ている間しかこの方法は使えないので1晩森の中で夜を過ごすことになってしまったが、結局スタート地点に着くまでわたしは誰とも遭遇することがなかった。
灯台もと暗しというべきか、スタート地点にさえ試験終了の放送が流れるまで誰も現れることはなかった。





*14
……ようやく。ようやく! このときがやってきた。
「うーむ……110番、おぬしはハンター試験に申し込んでいないようじゃが」
「そう、そうなんです! やっと責任者に会えた! いったいここはどこで、ハンター試験って何なんですか!?」
「……はて」
“心”と書かれた大きな紙が飾られている和室。
正座したまま身を乗り出したわたしに、ハンター協会とやらの会長だという人は首を傾げた。
白髪のチョンマゲに長い眉毛と髭が特徴的な細面なおじいさんである。
「わ、わたし、気が付いたら定食屋さんの前にいて、ステーキ定食頼んだらハンター試験の会場とか訳の分からない場所に連れてこられてて、延々と走らされるし、周りの人たちは物騒だし、棄権しようとしたらピエロに殺すって脅されるし、わたし、わたしっ……」
言いながら目から涙がぼろぼろと零れ落ちてきた。
きっと責任者に会えてほっとし、今まで張りつめていた気持ちが緩んだのだろう。
「……まず、お嬢さんの質問に答えよう。最初にお嬢さんがいた定食屋の前というのはサバン市じゃ。で、先程までいた森がゼビル島」
「さ、サバン市? ゼビル島?」
どこだ、それ?
聞いたことのない地名に、涙も引っ込んだ。
「北ヨルビアン大陸といえば分かるかの?」
「北ヨルビアン大陸?」
目を瞬いて固まっているわたしを見かねたのか会長が説明を加えてくれるが、残念ながらその大陸名にも聞き覚えはない。
強いて言うならヨーロピアンに響きは似ている気がする。……ヨーロッパ?
「……ふむ」
会長さんはひとつ頷くと、机の上にばさりと地図を広げた。
え、どこから出したのこれ?
疑問に思いつつも、わたしは地図を覗き込む。
一見普通の世界地図と見間違いそうになるけど、この地図……なんかおかしいぞ?
まるで、世界地図を使って福笑いをしたような……。
ひとつひとつの大陸の形に見覚えはあるが、その位置がどれもこれもおかしい。
ていうかこれ地図のど真ん中海になってるけど、どこの国で作られた地図なんだろう?
通常、地図というのはその地図が作られた国を真ん中に描き基準としたうえで作られるはずなんだけど……。
「今いるのがこの辺りじゃ」
そういって会長が指差したのは、形はだけは南アメリカ大陸である。
位置は日本列島の西になってるけど。
「これが北ヨルビアン大陸ですか?」
「その通り」
わたしはますます首を傾げた。
「……すみません、紙とペンお借りできませんか?」





*15
あの後、わたしはわたしの知る世界地図を簡単に描いてみせた。
そしてずっと持ち歩いていたスポーツバッグの中から色々と持ち物を出してみたりなんかもして議論を重ねた結果、わたしは異世界からやってきたのではないかということになった。
「いや、それはおかしい」
思わず敬語にするのを忘れてしまうくらいには動揺した。
なんだ、異世界って。
「しかしのう……お嬢さんが使っている文字は大昔のジャポンで使われていたことこそあるものの、今は失われた言語なんじゃよ」
今、世界中ではハンター語という公用語が使われているらしい。
文字はともかく、完全に日本語と同じそれをハンター語と言われても。
会長に言わせれば、地図も違うし紙幣などの印刷技術も違う、携帯電話の発展の方向性や教育制度も違うと、わたしの常識とこの世界の常識とは違うこと尽くしらしかった。
仮に。……仮に、ここが異世界だったとして。
「わたし、自分の家に帰れるんでしょうか?」
「……不可能とは言い切れんが、かなり難しい話だと思うのう」
「………………」
このときわたしの中で生まれた感情となんと呼ぼうか。
大変な状況になっているのは間違いないはずなのに、絶望するにはあまりに現実味がなくて、憤るにはその対象が見つからなくて、ただただ困惑してしまった。
わたしはこれからどうしたらいいんだろう?
「お嬢さん、名前はなんというんじゃ?」
「……です」
、が名前かの?」
「はい」
そういえば名乗っていなかった。
会長は己の髭をなでながら考え込む様子を見せると、ぱっと顔を上げてわたしと視線を合わせた。
よ。この際、せっかくだから最後までハンター試験を受験していったらどうかの?」
「はい?」
素っ頓狂な声をあげたわたしに、彼はにこりと笑う。
「無理だと思ったらその場で諦めればよい。ハンター証は身分証明にもなるし、最悪売れば金にもなる。取っておいて損はないと思うがの」
「は、はぁ……」
売ったらお金になるとか仮にもハンター協会の会長さんが言っちゃってもいいものだろうか?
色々と思うところはあれど、こうしてわたしのハンター試験は続行されることになった。





*16
「ちなみにこの試験で注目している者はおるかの?」
「は? いえ、特には……あ、ヒソカさんとかギタラクルさんとかはちょっと怖すぎて近寄りたくないとは思ってますけど」
「では、一番戦いたくないのは?」
「え……誰とも戦いたくな…………っていうか最終試験なにさせる気なんですか!?」
「ほっほっほっ、案ずるでない。ただ聞いてみただけじゃ」
「いや、こんな質問されて案じない方がおかしいですから!」
「どうやらおぬしは不思議な運を持っているようじゃからの。なるようになるじゃろうて」
「え、ええええええええ」





*17
…………で。
「本当になるようになっちゃった……」
合格者説明会の真っ最中、発行されたばかりのハンター証をじっと見つめて小さく呟く。
最終試験は1対1で行うトーナメント形式の争いだった。
それまでの試験でハンターの資質があると評価された者ほど勝負できるチャンスが多くなるという超不平等なそれで、わたしの与えられたチャンスは当然最も少なかったのだが、なんと、わたしが参加するはずだった最終試合のふたつ前の試合で、ルール違反で失格になってしまった少年がいたのだ。
このトーナメントには、殺しをしてはいけないというルールがあった。
しかし、少年はそのルールを破ってしまったのである。
しかもその少年、自分の試合中ではなく他人の試合中に片方の受験生を殺してしまった。
相手が死亡したことによりもうひとりの受験生は合格、殺しをしてしまった少年は失格、そして残るは死者のみ。
試合相手のいなくなってしまったわたしは不戦勝を収めた。
正直後味があまり良くないが、気にしたって仕方ないのも良く分かっている。
どうせ考えたってわたし自身には誰かをどうにかする力なんてないわけだし。
ハンター証の価値だとか、どういうところで使えるだとかいう話を聞きながら首を振る。
公的施設が95%タダで使用できるとかハンターすごいわー。毎日ホテル暮らしができる。
え? 融資も一流企業並みに受けられる? 1万円くらい借りて宝くじでも買えばいいのかなぁ……。
この先の自分の人生にわたしはぼんやりと想いを馳せた。





*18
不戦勝によるハンター試験合格者が出たことについての討論で会場は一時不穏な空気になったが、結果が変わることもなく説明会は終了した。
解散、と締めくくられたので他の合格者と共に部屋を出ていこうとすると、ネテロ会長に呼びとめられた。
「おおそうだ、おまえさんは少し残れ」
「えっ……? あ、はい」
なんだろう? と思いつつも足を止めてネテロ会長の方に向き直る。
こいこい、と手招きされたのでわたしは会長の方へ歩み寄った。
「あんまりにも見事な隠で気付かんかったが、おまえさん念能力者だったんじゃのう……」
「はい?」
「なんじゃ、無自覚か?」
首を傾げたわたしを、なにか面白いものでも見つけたようにネテロ会長が眺める。
「あの、おっしゃってる意味が良く分からないのですが」
「フム、にしても常に発動しっぱなしというのは少々奇怪じゃのう」
「あのー?」
わたしの問いかけに答えはなく、会長はひとり考え込み始めた。
「総オーラ量はどうなっていることやら……いや、もしかしたらオーラ源が……」
ブツブツ呟くネテロ会長。
こちらは完全に置いてきぼりである。
「もしもーし?」
「よし! 、この世界の常識の勉強がてら、ハンター協会でアルバイトしていかんか?」
もはやわたしの話なんて完全に無視である。
あの、ちょっと自由人過ぎやしませんかね、会長。こちらの話も聞いてほしいのですが。
思いつつも、わたしは一番気になることを尋ねた。
「それ、アブナイお仕事じゃないですよね?」
ハンター試験とやらを一通り受けてみて、わたしはどうやらハンターとやらが穏やかな職業ではないことを悟った。
わたし、運がよくなかったらとっくに死んでたわ。
「なぁに、おまえさんほどの幸運の持ち主であれば、ちょっとやそっとのことでは死なぬよ」
「あの、それ質問の答えになってない気がするんですけど」
それ本当に大丈夫なの!? ねえ!?
全く大丈夫ではないと知る日は近い。





*19
(あのクソジジイ……本当はわたしを殺す気なんじゃないの!?)
本日何度目になるか分からない悪態を心の中で吐いて、わたしは暗闇の中ぼっかりと穴の開いた天を仰いだ。
ハンター協会に留まることになって約半年。
最初の仕事は一見子どものお使いのようなものだった。
街の博物館からとある品を預かって、それをまた別の博物館に送り届けてほしいというもの。
だが、その預かり物というのが、実は今まで持ち主を何人も死に至らしめてきたという超いわく付きの宝石で、そのくせ腕に覚えのある、あるいはそういった人間を雇うことができる多くのマニアから狙われているという危険極まりないものだった。
わたしがその事実を知ったのは、品を送り届けた先でのこと。「こんな普通のお嬢さんが無傷でこれを送り届けるなんて世の中は分からないものですねぇ」と館長さんに言われた時は何事かと思った。
武芸に全く心得のないか弱い少女にこんな仕事与えるとか鬼畜すぎる。
しかもクソジ……ネテロ会長、わたしにこの仕事任せるとき「簡単なお使いじゃ」って言ってたんだよね。
全然簡単じゃないよ。依頼人も「2年前に出した依頼をようやく受けてもらえた」って言ってたもの。
たぶん、単なる人手不足じゃないよね。依頼をこなせる人がいなかったんだよね。
そんな感じで、わたしは今までハンター協会が溜めてきた依頼の中であまり戦闘力および腕力を必要としないものを処理させられてきた。
戦闘力や腕力を必要としない仕事に限られるのは、わたしに全く戦闘センスがないからだ。
というか、運が良すぎて、相手が攻撃してきた瞬間にわたしは転んだり別のものに気を取られたりというありえない方法でその攻撃を回避してしまう。
また、攻撃してきた相手がなぜか落ちていたバナナの皮で滑って転び打ち所が悪くて気を失ってしまうなどということも多々あった。
こんなことが続いては戦闘力を身につける為の修行をしようにもできるはずがない。
そんなこんなでわたしはある時は古代迷宮に隠されたお宝を探しに(今までその迷宮に入って出てこれた人はいない)、またある時は好きな順番で配線を切れと爆弾を渡され(いわゆる爆弾処理というやつだ。ひとつでも順番を間違えればお陀仏である)たりといったあまり戦闘力や腕力に関係のない仕事をしてきた。
たいていは“運が良ければ”あっというまに完了できる任務である。
毎回仕事前には簡単な概要を聞かせられるだけで、詳しい説明がない。
仕事を終わらせた後に真実を知ってゾッとした回数なんてもう両手を使っても数えきれないだろう。
こなした仕事の中には未だ真実を知らないものもある。知りたいとも思わないけど。
そして今回の任務。それは渡された地図の印のついている辺りに生えてるモモイロヒカリツリガネソウを採取してこいというものである。
……のだが。
あーあー、どうせ近くには並のハンターの手におえないほど獰猛な動物がいるとか、猛毒を持った生き物がいるとかそんなところだろうなぁ……などと考えながら深い森の中ツリガネソウを探していたら、突然地面に穴が空き、薄暗い洞窟のようなところに落下してしまったのである。
自分が落ちてきた頭上にある穴を見上げてわたしはヒヤリとした。
突然あいた穴に落ちるなんてなんという不運……まさか、幸運が尽きたのだろうか?
そうだよね、人生そう幸運ばかり続かないよね……きっと調子に乗ってるから運が尽きてしまったんだ!
頭をよぎる考えに絶望して泣き出しそうになったとき、わたしはふと涙でゆがむ視界のなかにぼんやりと桃色の光が灯っているのを見つけた。
(あれは……)
尻餅をついていた状態からなんとか立ち上がり、ふらふらとその光源に近寄る。
「やっぱり! モモイロヒカリツリガネソウだ!」
薄らと桃色の光を放つツリガネソウ。
協会にはもしかしたら帰れないかもしれない、それでもわたしはそれを採取した。
なぜなら、そのツリガネソウの放つ光だけがこの暗い洞窟内で唯一灯りとなりうるものだったからだ。
1本、また1本とわたしはまばらに咲くツリガネソウを摘んでいく。
ひとつひとつの光は弱いが、それは集まればそれなりの光量になった。
そうして複雑な造りをしている洞窟を進んでいくうちに、わたしは洞窟の奥から一際明るい光が差し込んでいるのを見つけた。
「! 出口だ!!」
ツリガネソウの束を握りしめ、わたしは光に向かって走る。
そこにあったのは外へとつながる穴。
「うっ……結構小さい」
が、この程度ならギリギリ通れるだろう。
穴に頭を突っ込んで、まずは外の様子を確かめる。
「あれ、町だ……」
どうやら自分は町の周りに広がる森と町の境目辺りにいるようである。
いったん頭を洞窟に引っこめ、背負っていたリュックサックを下す。
そのリュックサックの中から特別な念の掛かっているという大きいビンを取り出し、モモイロヒカリツリガネゲソウを入れてふたを閉めた。
それをリュックサックに戻し、まずは穴からリュックサックだけを外に押しやる。
続いて両手をバンザイの形にし、頭と共に穴へと突っ込んだ。
穴の外に出た両手の力を使い、ぐぐぐっと穴の中に残る身体を引っ張り上げる。
お尻の辺りで若干引っかかったが、両足を交差させて腕にぎりぎりと力を入れると抜けてくれた。
わたしは、はぁーっと息を吐いた。
たった数時間ぶりだというのに、太陽の光がひどく懐かしい。
リュックサックを拾い上げて、よろよろと町の中心へと向かう。
観光したかったけれど、今日は宿に戻って早く寝よう。
持ち帰ったモモイロヒカリツリガネソウが実は伝説上の植物であり「本当に存在したんじゃのぅ」とネテロ会長に言われてブチ切れるまであと4日。





*20
「この間はご苦労じゃったのぅ。さて、これからのことじゃが、」
「わ、わたし今日限りで辞めさせてもらいます! ハンター協会のお仕事なんてもう二度としませんから!」
ネテロ会長が喋るのを遮ってわたしは言った。
いくらわたしが幸運とはいえ、こんな仕事を続けていたら心臓がもたない。
それに、モモイロヒカリツリガネソウの件で、わたしは自分の幸運がいつ尽きてもおかしくないことを思い知ったのである。
ネテロ会長は心配いらないと笑うけど……。
「よかろう」
「いくら引き留めても今日という今日は辞めさせていただきま……って、え? 辞めていいの?」
意外なことに許可が得られて、わたしはぱっと顔を上げた。
今まであれほど引き留めてきたのに!
「実は今回の件で溜まっていた依頼は一通り片付いての」
「嬉しいけどなんか複雑だ……!」
溜まっていた依頼の多くはわたしが片づけたものである。
この仕事から足を洗えて嬉しいことは嬉しいが、それほどわたしはいくつもの危険な仕事ををこなしてきたということだ。
「ほれ、今までの報酬じゃ」
ネテロ会長が渡してきたものは通帳。ハンター協会で仕事をすることが決まった初日に作りに行ったものだ。
中を開いて目を見開く。
「うわ、ゼロ多っ……!」
「当然の報酬じゃよ」
思わず声を上げたわたしに、会長は満足げに頷いた。
「でしょうね」
あれほど危険な仕事をしてきたのだ。
ハンター協会を仲介していなかったらもう1個くらいゼロが増えていたかもしれない。……さすがに言いすぎか。
でも、この分ならハンター証を売らなくても一生遊んで暮らせそうだわ。
約半年ハンター協会で働くうちに、この世界の金銭感覚が身に付いた。文字もきちんと覚えられたし、何より強力なコネができた。
仕事は大変だったとはいえ怪我は1度だってしなかったのだし、悪いことばかりではなかったといえるだろう。
「今までお世話になりました」
「うむ、達者での」
頭を下げたわたしに、会長は鷹揚に頷く。

何はともあれ、、今日から晴れて自由の身です!






*11~17 20120501
*18~20 20120729