「はい」
「汝が、ガイアス魔法学院魔術の部を修了したことを認める」
「……はい。お世話になりました」
 卒業証書を受け取って、はにこりと男に向かって微笑んだ。そんなを見て、その証書を手渡した男は軽く溜息をつく。
「……まったく。卒業式さえサボる貴様が首席なんて、世の中どうかしてるな」
「うふふ。いやですねぇ、クォルファ先生は。チェスフォード先生はいつも“は自慢の弟子だよ”っておしゃって下さってましたよ?」
「……ふん。その才能、在学中もっといいことに使えば良かったものを」
「コレばっかりは性分なもので」
「………だろうな」
 それに貴様が善人であるというのも気味が悪い。クォルファは再び溜息をつきつつ、結局その言葉を口にすることは無かった。



巡り巡って元通り




――ガイアス魔法学院、剣術の部

 新入生の中に、彼女は居た。まるでそれが当然のように何の違和感も無く、ただ周りに溶け込んで。
 最初に彼が彼女を見つけたとき、彼は驚きを通り越して呆れてしまった。多くの新入生が入学式のために大広間に向かう中、彼女はひとりその列から抜け出して別の場所に向かおうとしていたのである。
「……。何故貴様がここにいる」
 彼女が完全に新入生たちと離れ、人通りの少ない廊下へ向かうのを見計らって、彼は彼女に声を掛けた。声を掛けられた少女、は、突然声を掛けられたことに驚く風でもなく立ち止まり、ゆっくり振り向いた。男の姿を確認し、破顔させた彼女は口を開く。
「おや? クォルファ先生ではありませんか。よくわたしに気付きましたねぇ……お久しぶりです」
 最初から気配に気付いていたくせして白々しい。クォルファは軽く溜息を吐く。
「何を暢気に。貴様、卒業したはずだろう?」
「……魔術の部は、ですけどね」
 楽しげなの声に、クォルファは一瞬だけ固まった。若返り魔法を使ったのだろう、にこりと微笑んで返すの姿は、周りの同年代の生徒とまるで変わらない幼い姿だ。
「なんという才能の無駄遣いを……」
 その魔法を使える者は少ない。
「うふふ。わたし、剣術も習ってみたかったんですよねぇ」
 クォルファの様子にも動じず、にこにこと笑う姿は彼の同僚を思い浮かばせる。なるほど、同僚の一番弟子である彼女は、まったくもって彼にそっくりだ。しかも、彼より遠慮がない。
「……あ、追い出そうとしても無駄ですよ? 入学許可はちゃんといただいてるんですから」
 クォルファが紡ごうと思った言葉は、一見純粋な笑顔を浮かべたによって遮られた。妙に勘が鋭いところもやっかいである。
 誰だ、こいつに入学を許可したのは。黒麒である己が、彼女の入学を全く知らなかったなんておかしな話だ。ともすれば、関わっているのは深緋か紫苑か……考えれば考えるほど頭の痛くなる話である。クォルファは頭を振って、それを考えるのをやめた。代わりに、彼女に向かって口を開く。
「入学式くらい、出たらどうだ?」
「入学式なんて、一回やれば充分ですよぅ」
 どうせ大したことやらないんですし。そう言って飄々と笑う姿は変わらない。掴み所のない彼女。それでも、こなすべきことはこなす。サボってばかりのくせして、魔術の腕は一級品なのだから手に負えないのだ。他の教師たちも彼女にはほとほと手を焼いていたことを思い出す。
「……剣術の部に、入学するんだったな?」
「ええ、まあ、そうですけど……」
 それがどうかしましたか? と続くはずの言葉は途中で切れた。なんと、クォルファが、にこりと笑っていたのだ。滅多にお目に掛かれない、寧ろ一度も見たことの無い彼の表情には固まった。端正な造りをしている彼の笑顔に、純粋に一度見惚れてから、はっとする。これは……何かある。絶対におかしい。脳が危険信号を出していた。
「せ、せんせい……。もうそろそろ入学式に向かった方がよいのでは……?」
 先生、出席なさるのでしょう? 遅れちゃいますよ? 言いながら、一歩、また一歩とはクォルファから距離をとり始めた。
「ああ、無論そうするさ」
 しかしそれに合わせて、クォルファもまたとの距離を詰め始める。は後向きに歩いており、クォルファは前に向かって歩いている。加えて、絶対的な歩幅の違い。気が付けば、とクォルファの距離はかなり縮まっていた。そして。
「それでは、わたしはこの辺で」
「そうはいかせるか」
 くるりと方向転換し、完全に逃走態勢になったの首根っこを、クォルファが掴んだ。ぐえ、とから呻き声があがる。
「ちょ、先生、離してください」
「ふん、剣術の部に入学したからには、もう貴様の好きにはさせんぞ」
 大人しく、入学式に出てもらおうか。示霊の効かない彼女には実力行使あるのみ。少女の叫び声を聞いたのは、幸いにして少女自身とクォルファしかいなかった。




20080129